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エピローグ
9月に入った。
弁護士の成谷千恵子は50代。
横浜の関内事務所で働いている。
さすがに体型は崩れているが、心はシャープがモットーだ。
まだまだ残暑が続いているが、ファッション業界はすっかり秋モード。
流行はオレンジのボタニカル柄で、第一線の女性たちの服装もそうなる。
千恵子はオレンジのスカーフを購入し、サーモンピンクのピアスと合わせて楽しんでいた。
オレンジをモチーフにしたファンタジーアニメも国際的にヒットしたようだ。
最近の日本ドラマの方はミステリー、警察、医療ドラマではもう視聴率が取れなくなり、テーマがだんだん様変わりしている。
千恵子は、売れれば売れるほど、スーツの二枚目の役しか回ってこなかった俳優にチャンスが巡ってくるのを嬉しく思っていた。
日曜朝10時のTV。
「どうして教師に電話で文句を言ったのですか」
「腹が立って」
「犯罪加害者を刺激したらどうなるか、想像できますよね」
「子供の言うことだから、犯罪かどうかわからなかったし」
「それで子供にはどうさせましたか」
「学校に行きなさいって」
いじめ被害者、清川幸也の父親、真司はうなだれて記者に答えた。
「喜んでいましたか」
「嫌がってた」
「どうして行かせたのですか」
「教師に解決させれば安全だと思って」
真司の息子は自殺未遂で重傷を負っていた。
記者は容赦なく訊ねた。
「安全だって、誰が決めたんですか」
「仕方がなかったんだ」
「答えてください。どうして安全だと思ったのですか」
「子供の言うことだから、まだ犯罪かわからなかったし」
「子供がどうなったらあなたは犯罪だって信じましたか?」
真司はむせび泣き始めた。
同じ時間、東京渋谷で働く絵里は交差点前の大画面に映る真司の泣き顔を見上げた。
観衆の中には吐き気がすると言って交差点を離れてゆくものもいた。
一般の視聴者も、報道のやりすぎと残酷さに不満を唱えた。
「おい、この報道ひどすぎるだろ」
「何で自殺未遂までした被害者の親を糾弾してるんだ」
こののち、被害者家庭のドキュメントドラマが放映された。
いじめ加害者より、被害者親の方が怖い。
「学校に行けぇぇぇ!!」
「いやだぁぁぁぁ!!」
泣き叫ぶ被害者子供を親が竹刀で殴る。
千恵子は雨降りの昼休みに傘をさして、事務所近くで電気屋のショーウインドウを眺めていた。
最新型TVの大画面で曰くのドラマが放映されて、客が嫌がって引いている。
電気屋のミスだ。
すぐにチャンネルが変わるだろう。
千恵子は若い頃、いじめ被害者家庭の暴力についてメディアに訴えたことがあった。
どのくらい危険なことか知っていたので女性弁護士数名で力を合わせた。
しかし結局、政治的な力が働いて無き者とされてしまった。
今回のドラマではどうなるか、静観している。
千恵子が確かな筋から聞いた話だと、
ドラマの中の被害者親モデルは清川真司だった。
本当の自殺者を出すといけないので、ドラマでは固有名詞がわからないように表現されている。
真司は、いじめ被害者で息子の幸也を物置に四日監禁した。
幸也が服従するまで竹刀で殴り続けた。
幸也が学校が嫌だと抵抗した時、真司は子供の無意味な反抗だと解釈したらしい。
反抗があまりに必死だったので、真司も危機を感じて必死で虐待した。
事後、真司はどうしてそうなったのかわからないと発言しているようだ。
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