絨毯

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絨毯

 仁志が幸助の手をひくと、幸助は仁志の手の中でまたや絨毯になってしまった。  仁志は絨毯の幸助を抱っこして、止めてあった車に乗り込み、本部に戻る。  到着すると時刻は午後3時半。  幸助はちょっと汚れていた。  仁志は幸助をクリーニングすることにした。  ジョーカー本部の広大な中庭で幸助のホコリをざっくり落としてから、たくさんある個室の中の和室に入る。  ちゃぶ台の上に幸助を広げ、小型掃除機で汚れを除去。  専用の溶剤でシミを抜き、もう一度中庭に行って天日干しにする。  空はからりと晴れていた。  青空では渡り鳥と飛行機雲の航路が夢のように交差して、ドラマを展開している。  明日も朝から干せたらきっとピカピカに仕上がるのだが。   仁志は竿にかかった幸助に尋ねた。  「君はジョーカーにお泊りしたいかい?」  「しない」  絨毯の幸助が答えた。  仁志は30分後、両手で絨毯の幸助をポンポンとはたいて取り込んだ。  お泊りしないと本人が言うのだから、できる限りのことはする。  仁志は幸助を抱えて和室に入り、畳に幸助を広げた。  引き出しからきめの細かいブラシを出して、絨毯の毛足をきれいに整える。  幸助は元の少年に戻った。  なかなか見栄えが良くなった。  仁志は訊ねた。  「何か困ってないかい?」  幸助は黙っていた。  仁志は幸助の顔を覗き込んで、もう一度確認した。  「お泊りしていくかい?」  「帰る」  「わかった」  仁志は幸助を置いて、一旦和室を出た。  幸助は和室で待っていた。  仁志の事は、実際はどうかわからないが、見た目だけなら天使みたいなお兄さんだなと思っていた。  しばらくすると天使が和室に戻ってくる。  彼は手に持っていたものをぱっと広げて幸助にかぶせた。  そして幸助の前で腰をかがめて言った。  「この膜はね、あらゆる暴力から君を守ってくれるよ。  君は相手を間違えないか死ぬほど恐れなくて、もういいんだ。  相談したい大人に相談していいよ」  幸助は仁志に車で送ってもらって、自宅のある文虎駅近くに戻った。  帰る途中でアイスショップの前で立ち止まる。  新商品は案の定流行色で、女性客がみんなキャーキャーさえずっていた。  お目当てを買った女性が二人、仲良く幸助の前を通り過ぎる。  同期のOLだろうか。  ターコイズブルーとローズピンクのアイスにかぶりついて幸せそうだ。  次はおひとりさまの女性客が幸助の前を通り過ぎた。  やっぱりアイスを堪能して、幸せそうだ。  もう一人通り過ぎた。  すらりと長身で、現代のユニセックスな髪形、ぽっくりをはいた前帯姿の着物美人だった。  幸助はワンテンポ遅れて後ろを振り返った。  イベントがあると着物を見かけるが、今時、前帯?   ――でも見失ってしまったようだ。  幸助は好奇心でちょこちょこ歩ける人生を歩んではいない。  着物美人は忘れることにする。  別の次元で会っていたらな、と思った。  どこを歩いても、幸助のかぶっている透明な膜に気が付く人間はいなかった。  道すがら雨が降ってきたが、膜はそれまできれいにはじいてくれた。  帰宅後の夕方、本降りになる。  家の外では雷鳴がとどろいた。
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