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教師の仕事
幸助のクラスメートでいじめ主犯の平山優香は夕方自宅に帰ると、叫んで訴えた。
「ママ、ママ、私、いじめの加害者にされた! 遊んでただけなのに、担任が私を悪者にするの。もう大人が信じられない」
母親の典子はお昼のドラマが大好きなぽっちゃり主婦。
娘を憐れんで抱きしめた。
「おお、かわいそうな優香。お母さんだけはあなたの味方よ。必ず守ってあげる」
典子は担任教師の紀ノ川由衣に電話した。
「教師は何をやってるの! あなた子供を信用しないわけ?!」
山倉小学校職員室は二階、一階昇降口の上にある。
由衣は担当クラスの生徒の親、宮間洋子の叱責を受けて加害者を糾弾した後、警察に通報をした。
電話を取った警察は内田といった。
彼はすぐキレた。
「あんたは何をやってるんだ。子供を守るのが教師の仕事だろ!」
翌々日の日曜、由衣は学校の屋上にいた。
校舎の五階屋上は立ち入り禁止区域だったが、教師の肩書を使えば、休日管理人は屋上まで通してくれる。
いじめについて苦情を受けたことは教頭や校長にまだ伝えていない。
言って注意はされるだろうが、それで解決するならいじめは問題にならない。
由衣は屋上の柵を越えると、そこからぽーんと飛び降りた。
そして絨毯になってひらひら落ちて行った。
栗夫は休日散歩で山倉小学校前を通り、近くの泥木町十字路を歩いていた。
泥木町は埋め立て地と聞いている。
その前は海か、沼だったらしい。
昔は一般家庭で亀がレギュラーのように出没したとか言う人もいる。
現在の泥木町と言ったらもはや潮風の香りも、漁業者のお魚臭もない。
すっかり開発されて、六景方面に少し歩くと区役所や警察、郵便局、図書館と生活に便利な施設がたくさんある。
泥木町1丁目は高齢者の区画だが、近くの集合住宅は若い世代がたくさん住んでいて、不動産業者にも人気があるらしい。
海は見えなくなったが、風は気持ちよく、住人は確かに海の恩恵を受けていた。
今日は浜風が強く、誰かが飛ばしてしまったスーパーのビニール袋が空を舞っていた。
ほかにも何かひらひら降ってくる。栗夫はそれを受け止めた。
「あ、足ふきマット。欲しかったんだよね」
「足ふきマット違う。絨毯」
「うわ、しゃべった」
栗夫は絨毯にすねたみたいに抗議された。
声は女性のようだ。
彼女は絨毯の姿のまま、尋ねてきた。
「あなた誰」
「おれ浜中栗夫。普通のサラリーマンだ。あなたは?」
「紀ノ川由衣」
「何で絨毯になったの」
「担任してるクラスでいじめが起こって責任を問われた」
「教師か。どうして止めなかったの?」
次の瞬間、栗夫のこめかみに誰かの肘鉄がめり込んでいた。
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