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日曜日のファンタジー
栗夫は吹っ飛んだ拍子に絨毯を取り落とした。
起き上がって抗議する。
「何すんだ」
「それはこっちのセリフだ」
「誰だよ」
「おれはジョーカー隊員、神田美咲」
美咲が栗夫に背中を向けて、絨毯を拾ってる。
細見長身で見た目には困ってなさそうだ。
美咲はジョーカーと言ったが、日曜が定休日なのか、たまたま非番なのか、若者らしい楽な服装をしていた。
その時、突風が吹いた。
「待って」
美咲の声。
美咲は絨毯が飛びそうになるのを抑えていたが、絨毯は途中で女性になった。
彼女の両手は彼がかろうじてつかんでいたが、彼女は風にあおられ、もう鯉のぼりか吹き流しのように宙を泳いでいる。
彼女をめぐって、美咲と風が引っ張りっこ。
「待って」
美咲の声もむなしく、由衣教師は彼の手を振り切って、空に吸い込まれてしまった。
行った先で絨毯になったり女性になったりして、ひらひら踊っている。
「見ろ。飛んでちゃったじゃないか」
美咲は栗夫に毒づくと、近くに停めてあった自分のバイクに乗り込み、ヘルメットとゴーグルをつけて走り出した。
美咲はバイクで絨毯を追う。
迷宮線を一望できる立体高速道路を渡り、横浜ランドマークタワー前を通過し、ターコイズブルーの海に挨拶して、ローズピンクの薔薇の名所を駆け抜ける。
彼女は上空で絨毯になったり女性になったりして、ひらひら踊った。
ロングスカート姿なのに何が何でも中を見せてくれない。
女性の意地のようなものを感じる。
美咲は休憩地点で停車。
トイレを済ませ、流行色のソフトクリームをなめてすっかり癒された。
自宅に帰ろうとして、飛んできた絨毯の彼女に、すり抜けざま蹴飛ばされる。
なんか怒られたみたいだ。
美咲はやっぱり彼女を追いかける。
由衣は空中でくるくる旋回し、ひらひら舞っていた。
次第に風が収まって、彼女は結構低い川べり近辺まで降りた。
地上をなめるように飛ぶ。
あまり低空飛行過ぎて川に落下しそうだ。
彼女が絨毯から女性になったところだった。
青年がバイクのまま土手をジャンプ。
空中で片腕にがっちり由衣をつかまえ、上手に着地する。
由衣は土手に下ろされ、青年と向かい合った。
青年はヘルメットとゴーグルを取った。
小悪魔的容姿の持ち主だった。
20代だろう。楽な服装をしている。
「おれ神田美咲。ジョーカー隊員だよ。あんたは?」
「紀ノ川由衣」
「何で絨毯になったの」
「担任してるクラスでいじめが起こって責任を問われた」
美咲は優しく訊ねてきた。
「それで、どんな風に行動したんだい」
「被害者のアンケートをシュレッダーにかけてごまかした後、加害者を糾弾して警察に通報」
美咲は大型猫のように黒幕っぽく、にたっと笑った。
「間違えてるけど頑張った方だ。ところでおれの音楽買わない?」
「ええっ、音楽家なの?」
由衣はのけぞった。
美咲はウエストポーチからCDを出した。
彼のお気に入りらしく、本人は子供の神様のように幸せいっぱいの顔。
「違う。最近趣味でCD作ったの。同人誌みたいなもんだね」
ジャケットの写真は彼の顔のアップだったが、証明写真の失敗撮りのように変な顔で映っていた。
由衣は答えた。
「結構です」
「買えよ」
「金なんかないよ」
美咲が夜叉のような顔になる。
「買えったら!!」
「ひああ?!」
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