【自転車落語】目黒の多摩サイ

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まいどバカバカしい自転車落語シリーズ第五段です。 【自転車落語】目黒の多摩サイ 中東のドバイに石油王がおりまして、その石油王には一人息子がおりました。 お金はいくらでも持っている石油王の息子だけあってちょっとお買い物に出かけるだけでも 執事と召使いが3人、警備の者が20人、専属の着替え係、靴の履き替え係、おやつを用意するシェフなどなど その他諸々百人ほどが付いて回るくらいの大行列になってしまうほど。 車で移動する際にはリムジンと召使い用の大型バスが5台連なって移動するので ちょっとした渋滞が起きてしまうほど。 あるとき、そのお坊ちゃんが日本に旅行にいらっしゃいました。 いつもいつも召使いたちが付き添ってくるお坊ちゃんも旅行先でくらい一人で出歩いてみたくなり お付きの者の目を盗んでこっそりと外出をしてみました。 「ふむ、ここは目黒という名前の街なのか」 なにしろ生まれてこの方、一人で出歩いたことなどない筋金入りのお金持ちのお坊ちゃまでございます。 自由に歩き回るだけで見るものすべてが珍しい。 そんななか、変わったものに目が止まります。 なにやら細い車輪の上に人が乗っている不思議な乗り物 どうしても気になって話しかけてしまいました。 「そこの方、その乗り物は何というものか?」 「これ?自転車だけど?」 「自転車?」 「そう、みたことないの?」 「ああ、初めてみた。」 「ふうん、変わってるね」 「それはどういうふうに乗るものなのだ?」 「普通にまたがってこう乗るだけだけど…」 自転車に乗って、近くをくるっと走ってみせます。 「おお!どうして倒れないのだ?」 「あはは、不思議でしょう?」 「乗ってみるかい?」 「いいのか?」 「いいよ暇だし、乗ってみなよ」 「では乗ってみよう」 自転車にまたがってみたお坊ちゃま 「これからどうすればいいのだ?」 「このペダルっていうところに足を乗せて漕ぐんだよ」 「これをこうするのか?」 「そうそう」 「おっとっと…」 「まぁ、さすがにいきなり自転車には乗れないよね」 「じゃあ、後ろから支えてあげるから漕いでみてよ」 「なるほど…じゃあ…」 プップー! 「おーい!道の真ん中で自転車に乗ってるなよー!危ないだろ」 「あ、はーい。すいませーん!」 「どうしたのだ?」 「あ、えっとね、ここは車が通るから、ここで自転車の練習をしないほうが良いんだよ」 「では乗れないのか?」 「うーん、そうだなぁ…ああ、そうだあそこへ行こう」 「どこへ行くのだ?」 「すぐそこの川にサイクリングロードがあるんだよ」 「サイクリングロードとは?」 「自動車が通らない道だから自転車に乗っていても怒られないんだよ」 「それは良いな」 そんなわけでサイクリングロードに移動します。 しばらく歩くと目の前に河が見えて景色が開けてきます。 川沿いの涼しい風も吹いてきます。 「ここは何という場所だ?」 「ここは多摩サイだよ」 「多摩サイ?」 「多摩川サイクリングロードっていうんだ」 「なるほど」 「ここなら自転車に乗る練習をしていても大丈夫」 そんなこんなでしばらく練習をしていると なんとか自転車に乗れるようになったお坊ちゃま。 「やったね!乗れるようになったね!」 「うむ、最初は難しかったが慣れてしまうと楽しいものだな」 「でしょ?じゃあコレ」 「これはなんだ?」 「スポーツドリンクだよ、汗をかいたから喉が乾いたでしょ?飲みなよ」 「ふむ」 ゴクゴクゴク…。 「コレは美味なものであるな」 「そうかな?あはは」 そのあと、しばらく自転車にのり川沿いを走ったあと、宿泊先に戻ったお坊ちゃま。 宿泊先ではお坊ちゃまの姿が見えないとのことで大騒ぎになっていました。 「おお、おかえりなさいお坊ちゃま」 「帰ったぞ」 「今までどちらにおいでになっていたのですか?」 「少し散歩にな」 「そうですか」 「それでお怪我などはされてないでしょうか?」 「うむ、怪我はないぞ」 「よろしゅうございました」 「それでお坊ちゃま、このことは本国に帰った際にご内密に願います」 「それはなぜじゃ?」 「お坊ちゃまが一人で出歩かれたなどということが知れたら私ども全員クビになってしまうからでございます」 「そうか」 「はい」 「それはお主たちは困る事なのか?」 「それはもう、大変困ります」 「では、内密にしよう」 「ありがとうございます」 そんな騒動があったものの 後日、無事に本国に戻ります。 本国に戻ったお坊ちゃま。 生まれて初めて一人で外出をして、爽快なサイクリングをしてみたので もう一度自転車に乗ってみたい。 しかし、普段の移動は専用のリムジンでの送り迎え、お付きの者のバス付きです。 自転車に乗れる機会などありません。 なんとかして、もう一度乗れないものか…と考えておりましたある日 「そういえば息子よ、来月は誕生日であったな。誕生日プレゼントは何がほしい? 去年はポルシェの色違い1ダースセットだったからフェラーリの色違いなどはどうだ?」 「お父様、ワタクシ、今年は自転車がほしいです」 「自転車?」 「執事よ、自転車とはなんだ?」 「はい、ご主人さま、自転車というのは庶民が移動のために使う乗り物でございます」 「ふむ、それはどんなものか?」 「二本の車輪が付いておりまして、自分の足で漕いで進むものにございます」 「自分の足で漕いで進む?運転手はおらぬのか?」 「運転手はございません」 「変わった乗り物であるな」 「先日、お坊ちゃまが日本に訪問した際にご乗車になられたそうでとてもお気に召したご様子でした。」 「なるほど、では、息子のために自転車とやらを用意せい」 「かしこまりました」 「自転車とやらはどういった場所で使うものなのじゃ?」 「聞くところによりますとサイクリングロードなる自転車のみが通行できる道を走るとのことでございます」 「では、そのサイクリングロードとやらも用意せい」 「かしこまりました」 かくして、石油王の一声で砂漠の真ん中にサイクリングロードが作られました。 そのサイクリングロードは幅10メートルほどの道がまっすぐ100km続いており 敷地の両脇には砂よけの10メートルの高い壁が設置されていて さながら地平線のかなたまで延々と続く廊下のような風景が広がっています。 さらに道路の両脇には専属の警備員が10メートル間隔でズラーッと並んでいます。 お誕生日当日、お坊ちゃまに用意された自転車は世界最軽量クラスの超高級ロードバイク。 しかし、お坊ちゃまが転倒しては一大事ということで前後に補助輪が付いています。 さらに、お坊ちゃまの後ろには万が一に備えて自転車にのるのを補助する者、応援係、救急救命士まで数十人が待機しています。 そんな中、待ちに待ったサイクリングが始まります。 砂漠の中に作られたサイクリングロードを走り始めると 前後の補助輪がガラガラと音を立てます。 お坊ちゃまが進むとお付きの者たちがぞろぞろと付いてきます。 また、進むと補助輪がガラガラ、お付きの者がぞろぞろ。 ガラガラ、ぞろぞろ。 ガラガラ、ぞろぞろ。 ガラガラ、ぞろぞろ。 道の両脇の壁で風景は全く見えません 前をみても地平線のかなたまで続く真っ直ぐな道 道路脇には等間隔で並んでいる屈強なガードマンたち。 風景は一向にかわりませんし、爽やかな風すら吹いてきません。 楽しいわけがございません。 しかし、せっかくお父様が用意してくださったのだからと、しばらく進みます。 ガラガラ、ぞろぞろ。 ガラガラ、ぞろぞろ。 ガラガラ、ぞろぞろ。 すこし疲れてきたので、休憩をとることにしました。 お坊ちゃまが足を止めると即座に執事が休憩の準備をするように促します。 お付きの者たちがあっという間に英国式のガーデンパーティーでも始めるような 日除け、テーブル、椅子を並べ、テーブルには本格的なティーセットが用意されます。 専属のシェフが待ってましたとばかりに最高級の茶葉で紅茶を淹れます。 自転車に乗って運動した直後に熱々の紅茶とスコーンなんて食べたくもありません。 しかし、食べないと召使いたちがクビになってしまうので仕方なく手を付けます。 フーフー、あちち、ゴクゴク、ぼそぼそ。 暑い…喉の乾きがおさまらない。 爽快感がない、楽しくない。 「執事よ」 「はい、お坊ちゃま」 「このサイクリングロードはどこまで続いているのだ?」 「はい、ドバイまで続いております」 「ああ、それはいかん。やはりサイクリングは多摩サイにかぎるのう」 ちゃんちゃん。
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