序章

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序章

 燃え盛る炎。荒らされた家の中。  ――絶対にそこから出てはだめよ。いいわね?  夢の中で、美しい黒髪に、紅の瞳のその人はいつもそう言い聞かせてくる。次の瞬間には見知らぬ男たちが彼女の腕を掴んで、どこかへ連れていく。連れていかないでと手をのばそうとするけれど、けっして届かない。  視界に入るのばした手はとても幼い。いつも疑問に思う――どうしてだろう、なぜだろう、もうとっくに俺は大人になっていて、だから彼女を守れるはずなのに。  炎がすべてを飲み込んでいく。次の瞬間には、彼女も兵士も、荒れた家もすべてがかき消えていて――。 「――しら、お頭!」  代わりに大きな声で呼ばれて、そこで彼――ジャックははっと目を覚ました。目に入ってきたのは、粗末な木の天井。のばした手は幼い自分のものではなく、大人になった自分のもの。そして声の主は自分の参謀であるカイルのものだった。  波の音が聞こえる。船が波をかきわけて、海を進む音だった。それでここは故郷ではなく、故郷より遠く離れた海の上だったことを思い出した。簡素なベッドから身を起こすと、カイルが怪訝な表情でこちらを見ていた。 「ずいぶん魘されてましたね。能天気なお頭にゃ、そんな暗い表情は似合いませんよ」  壁にかけられた鏡を見れば、確かに酷い表情をしていた。ジャックはそんな翳りを拭うように、前髪をかきあげ、そして軽口を叩いた。もうそのときには、暗く凝った影はすべて消え失せていた。 「……ひでぇな。俺だって悪夢を見ることくらいあるってのに。今日なんて幽霊船が――」 「あんたが幽霊にビビるタマですか。夢じゃなくて現実を見てくださいよ」  もうまもなく獲物の商船が通りますんで、カイルはそう言い残し、部屋を出ていった。ジャックは苦笑しながら、装備をつけ直す。軽口と皮肉をたたきながら、それでもどうやら自分を心配しているらしいことはわかった。心底どうでもいいと思っているなら、わざわざ起こしはしないだろう。  甲板へ出ると、濃い潮風がふきつけてきた。いい天気だ、ジャックは眩しいばかりの太陽に目を細める。「お頭!」「お頭、どうするんすか!」と仲間のだみ声が飛んできた。マストで遠くを見ている仲間は「前方から獲物が来ます!」と叫ぶ。  ジャックはぐっと腕をのばした。今日は絶好の略奪日和。天気もよし、海の調子もよし。腰のレイピアを引き抜いて、前方に見えてきた船影に向かって突き出す。 「行くぞお前ら! 狙いはお宝、女子供にゃ手を出すなよ。このまま前進、ヨーソロー!」  甲板中から気合の入った声があがる。いつの間にかカイルも隣に立っていた。 「まったく、海賊が女子供にゃ手を出すなってなんですか」 「俺たちは紳士的な海賊であれ。お宝があればそれでいいだろ?」  ジャックは肩をすくめながら、飄々とそう嘯く。カイルは呆れたような溜息をこぼしたが、何も言わなかった。  ジャックはその紅の瞳で、まっすぐ前だけを見据えていた。
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