【2:共闘】

3/4
48人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
 クライドは目前で見ているものが夢かと思った。内心、その鮮やかさに唸りをあげる。  ――ブラッドアイ少将の海戦術をこうも補える者がいるとは思わなかった。  退却は難しい。味方を救出しながら現状以上の損害を出さないよう、その上士気も落とさず――それをやってのける者はほとんどいない。  だが今、目の前にいるクロスチアとジャックはそれをやって見せているのだった。 「砲撃、やめないで! 二番艦、もう少し右へ! 海賊船まで巻き込むわ!」 「艦隊の射程距離に誘い込め! おいローサ号、そこからどけ! 砲撃の邪魔になるだろうが!」  小型の海賊船が相手の動きを攪乱しつつ、こちらの艦が砲撃しやすい位置に引き寄せ、そこを砲撃でつぶす。砲手の腕の良さは無論言うまでもない。そうして港のほうへと向かいながら、沈みかけている艦から味方を救出する――クロスチアとジャックがお互いの旗艦に乗りながらも、まるでお互いの思考回路を読んでいるかのようにぴったりと息のあった連携を取って艦を動かすからこそなせるわざだった。  相手もよもや海賊ごときと、一国の正規軍が手を組むとは――しかもこの短時間でこのような動きをするとは――思っていなかったらしい。相手の指揮官が混乱しているのか、途端に動きが乱れた。  当然、それを見逃すクロスチアとジャックではない。そこを突いて、けれども退却が目的なのだから必要以上の戦闘には持ち込まず、あっという間に包囲網を抜けた。そのままクロスチアは全速力で港へと艦隊を走らせようとした刹那。 「少将、危ない!」  気づいたのは、耳をつんざくような爆音に混じってクライドの声が聞こえた時だった。振り向けば、あがる血飛沫が目に飛び込んできた。そして倒れていくクライド。スウェイト国の敵艦から向けられた――クロスチアを狙った銃口。  クライドが甲板に倒れた瞬間に、クロスチアは理解した。彼はクロスチアを庇って敵の銃弾に倒れたのだと。 「ハミルトン中尉!」  名前を呼んでも返事はない。どくどくと、真っ赤な血が彼の胸から流れていく。  再度聞こえた銃撃音に、クロスチアは彼を物陰に運んで、応急処置をしようとした。呼吸も荒い彼の傷口を縛り上げる。一目見ればわかる致命傷。それなのに、虚ろな目の中に微かに浮かぶクロスチアを労るような光に、泣きたくなった。 「少将、だい、じょうぶ……?」 「喋らないで! 今、衛生兵を……!」 「指揮官が……持ち場を離れたら、駄目でしょう……。あなたには、俺だけじゃなくて、全員を……無事に連れ帰る必要が……」  クライドの口の端から、こぽりと血があふれた。クロスチアの手が震える。確かにこの状況でできることはほとんどない。そして包囲網を抜けたとはいえ、油断ができない状況に変わりはない。応急処置は諦めて、戦闘の混乱状態の中、クロスチアは近くの兵士にクライドを任せ、船内の医務室へと運んでもらった。  周囲を警戒しながら持ち場に戻れば、視界の端に、「海の悪魔」の一団が別方向へと全速力で去っていくのが見えた。  共闘はここまでだった。クライドを撃ったのを最後に、スウェイト国からの追撃はない。それなりにこちらの砲撃で損害が出たからだろう。  それでも港に帰り着くまでは油断ができない。 「少将、包囲網は抜けましたが……」 「速度は緩めないで。重傷者の手当を優先しながら、交代で持ち場に立って。帰港まで油断しないで」  そう指示しながら、クロスチアは唇を噛みしめた。クロスチアも、部下たちも、ぼろぼろだった。それでも部下たちはクロスチアの指示のとおり、重傷者への応急手当に奔走する。  結局、全員を助けられたわけではない。幾つかの艦と、正式な人数はわからないが、けっして少なくない犠牲も出た。現状の被害がこれだけですんだのは、理論上としては奇跡なのだと、クロスチアはわかっていた。わかってはいたが、きっとこれから重傷者のうちの幾人かが帰港までに命を落とすこともまた理解していて、クロスチアはやるせなかった。その候補者のひとりに、クライドが入っていることも。  現実は理論で測れない。荒れ狂う感情を抑えながら、クロスチアもまた部下たちの手当に向かった。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!