48人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
――どん!
艦が揺れた。マストで見張りをしていたクロスチアの部下が叫ぶ。
「急襲です! 二時の方向からスウェイト国の正規軍が、砲撃を仕掛けてきます!」
再度大きく艦が揺れた。今度はジャックの仲間が海賊船から大声で叫んできた。
「お頭! 奴ら、俺らも攻撃対象にしてるみたいっす!」
その瞬間、クロスチアとジャックは理解した。つまりこれはこちらが潰しあいをしているところを、退路を断つように包囲し、一網打尽にしようというのだ。
スウェイト国からすれば、自国の商船を狙う目障りな海賊を討伐できる機会であり、敵国の戦力をも削ぐことができる一石二鳥の機会である。毎シーズン、この海賊船がクロスチアたちと闘っていれば、そんな作戦を立てたとしても無理もない。
砲撃が続けて飛んでくる。直撃はまだしていないものの揺れる艦の中、もはや白兵戦をしている場合ではない。部下が続けて叫んだスウェイト国の艦の数にクロスチアは顔色を変えた。
それだけの艦が出ているとなれば、包囲網を突破することはかなり難しい。こちらの艦の数では悪ければ全滅、よくても半数生き残るかどうか。ジャックも険しい表情で黙り込んでいる。
とにもかくにもジャックたちの相手をしている場合ではないと判断したクロスチアは、休戦を申し込もうとジャックに口を開きかけた。だがそれより早く、ジャックが声をかけてきた。
「……なぁ、クロア」
「何?」
「ここはさ、手を組まないか?」
「……はぁ!?」
クロスチアは思わず素っ頓狂な声をあげた。休戦以上に想定していなかった申し出である。突然この男は何を言い出すのか。プライドも何もあったものではない。
「休戦ならまだしも、なんで敵に手を貸さなきゃいけないわけ?」
「そりゃ俺たちだって同じだよ! けどな、お互いバラバラに動いたって突破できないで全滅だ」
ジャックの紅の瞳がいつになく真剣な光を宿した。クロスチアはいつも飄々としているジャックの、見たことのないその視線に気圧された。だがすぐに「はい」とは言えなかった。
そうして迷っている間にも砲撃はやまない。どん、と艦が揺れた。
「早く決めろ! お前は提督だろうが! 部下を皆殺しにするつもりか!?」
「……っ」
ジャックの声が怒気にも似てびりびりと空気を震わせた。クロスチアは周囲を見渡した。奮戦する部下たち。いったい、誰のために? 今ここで死んで――いや、クロスチアが殺していい兵などひとりとていない。ジャックの言葉は正論だった。
「ハミルトン中尉……」
最後にクライドを見れば、クライドは朗らかに笑ってみせた。
「いいですよ。あなたの決めたことに、俺たちは従います。何が正しいかなんて決めることは、本当は誰にもできやしないんです。でも、これまであなたが決めてきたことは正しかったと、俺は胸を張って言える。だからあなたが決めて下さい」
副官から寄せられた全幅の信頼にクロスチアは覚悟を決めて、ジャックを見る。漆黒の瞳が強い光を宿し、ジャックを射抜いた。
「わかったわ。ただし、奴らの包囲網抜けて安全圏に入ったら、もう知ったこっちゃないわよ」
ジャックはにやりと笑った。
「上等。……足引っ張るなよ?」
そうしてふたりは背中合わせになると、同時にそれぞれの部下に向かって声をあげた。
「戦闘やめ! 標的を変更する!」
最初のコメントを投稿しよう!