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年に一回の風鈴市は真夏の盛りに行われる。廃駅となった線路沿いを使って様々な彩りの風鈴がずらっと並べられ、透明な音を響かせている。
「やっと着いた……」
ジャリジャリ、と敷き詰められた小粒の石を踏み鳴らしながら風にたなびく風鈴へと近付く。さっきまで色濃い黒だった空がほんのりと色づき始めていた。
額に浮かんだ汗を手の甲で拭き取りながら振り返るも、やっぱり幽霊だからか澪は涼しい顔で見返してくる。制服姿ではあるが、唐紅の簪の一つでもその長い黒髪に飾ればきっと絵になるのだろう。
『ふふ。すっごい汗。きっと汗臭いんやない?』
「うるせぇよ。臭いがわかんねぇなら気にするんじゃねえよ」
『……うん。ありがとう』
オレから手を離すと、澪は並べられた風鈴の前にふわふわと移動してじっくりと眺めていた。今にも暗闇に消えていきそうな半透明の背中がやけに寂しそうで肩を抱きたくなる。
「どうだよ」
『……ん?』
やや間があって澪が振り返った。いつもの柔らかな微笑みで。
「どうだよって。少しは涼しくなったのかよ」
『ああ』
その微笑みは忘れてたという照れ笑いのあとに真顔に変わった。
「涼しくなったよ。やっぱり風鈴の音ってええなぁ」
言い終わる前に空気が変わる。目の前には澪のきめ細かな白い顔がアップで映し出されていた。
「急になにするんやーー」
『だって君の顔、よぉく見たいから』
生きていれば息遣いすら感じさせるほどの距離感にも関わらず、頬を撫でる微風以外何も感じられなかった。話し始めれば、手を伸ばせば、まだそこに存在を感じることはできるのだろうが。
『もう、できた? 祭りの時のウチの絵』
「……まだできてねぇーよ」
大人っぽい藍色に紅い金魚をあしらった浴衣は目に焼き付いている。金魚すくいにふざけて投げつけてきたスライムもよかったが、何よりもここでの風鈴がイメージにピッタリと合致していた。どこまでも透き通るような透明な風鈴がカラン、カランと風を撫でる。
『じゃあ、いいよ』
思わず瞬いた。こっちの動揺を感じ取ったのか悪戯っぽい笑顔が目の前に広がる。
『完成させなくてもいい。だって未完成のままの方が、ウチのこと、ウチのこの顔ずっと覚えていてくれるやん』
その笑顔に、真っ直ぐに注がれる瞳に心を見透かされてしまうのではないかと思わず目を逸らしてしまう。
「何言ってやがる。完成させてやるよ。お前が消えていなくなってしまう前に」
澪は音を立てずに首を振ると、柔らかく口角を上げた。
『無理なんでしょ? もう』
急に辻風が起こり、風鈴が一斉に鳴り響く。
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