二度目の死は涼やかに

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「いや、誰もそんなこと言ってねぇだろう」  自分でも声が震えているのがわかる。  『ふふ。すっごい汗。きっと汗臭いんやない?』、『……ん?』、『だって君の顔、よぉく見たいから』ーー触覚が消え、嗅覚が消え、聴覚も視覚も消えつつあることはわかっていた。次のステージへ移行する前兆はすでにあったんだ。 『言わなくても言ってるやん。何年一緒にいると思ってるの?」 「……一年もいねぇだろう。まだ」  誕生日のお返しもできやしなかった。 『いいやん! ツッコミ!』 「うるせぇよ。本当に」  髪をかきあげて大きく息を吐く。俯いた視線の先にうっすらと輪郭が描かれた左手が現れる。 「何?」 『言わなくてもわかるやん。手、つないで』 「ああ」  ふわりと手を触る。目を閉じてようやく伝わってくるほんのりと冷たい温もりが熱くなった身体を体感-5℃くらい下げてくれた。  目を開くと、くっきりと浮かび上がるのは何度も見てきた向日葵のようなその笑顔。 「お前、なんで何も言わないで死んじまったんだよ」 『急死だったんだから仕方ないやん。でも、こうやって会いにきてあげたでしょ?』 「二回目の死が怖くなるんだよ。遠くない先に来るのがわかっちまうから。絵だって描けやしないし」 『だから絵は描かなくてもーー』 「描かないとダメなんだよ!」  言葉を遮るように声を荒げると驚いたように目が丸くなった。 「描かないと、閉じ込めておかないとダメなんだよ。風鈴の音も夜風の匂いもお前の笑顔も繋いだ手も、絵の中に全部閉じ込めておかないといつか忘れてしまうかもしれないって。お前はもういなくなるけど、オレはまだ死ねねぇんだから」  数秒間、時が止まったように微動だにしなかった。そのまま何度も目を合わせた綺麗な黒硝子のような眸が見つめてくる。このまま止まっていれば、この情景全てが一枚の絵の中に収められるのならどんなにいいことか。そう願ったとしても世界は無慈悲にも変わっていくんだ。  手がぎゅっと強く握り締められた気がした。もう、その手も顔も身体も一本の輪郭をなしていなかった。別れはいつも唐突で一方的に終わっていく。今度こそもう二度と会うことはできないのだろう。 「じゃあな。最後は涼しくなれたかよ」  最後の問い掛けに言葉はもう返ってこなかった。だからこそぎゅっと強く手を握り返す。  ざわめくように風鈴の音が鳴った。澄んだ空気が明け方の夜空の濁った空気を押し出すように天に向かって広がっていく。そして、それは溶け込むように消えていった。  
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