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決意の夜――居酒屋にて
今度と言うこんどは、もう、我慢の限界だった。
今日こそは面と向かって、ハッキリと言ってやる――。
俺は真向かいに座る月橋康を、ビールの中瓶越しに眺めた。
眺めるというよりは、俺の目付きはほとんど睨むそれだったと、自分でも思う。
並なみならぬ意志とやらが、にじみ出てしまったのだろう。
――俺を見る、ヤツの怯えた目で分かった。
俺は、コップ一杯分のビールで一息に喉を湿らせてから、口火を切った。
「で、おまえ、一体どういうつもりなんだ?」
「どう――って?」
「最近、ハッキリ言って変だぞ。ボーっとしているというか――、とにかく、おかしい」
月橋は、俺の質問と言おうか、断言には応じない。
泡が消え掛けたビールに口を付けずに、でも、コップは握りしめたままでいる。
――しかもご丁寧に、両手で。
俺はビールがぬるくなっていくのを、ただ手をこまねいて見ているのに我慢が出来なくなった。
ヤツの手を外させるべく、腕を伸ばす。
ヤツはあからさまにビクついて、手を引っ込めた。
拍子に、コップが倒れなかったのは幸いだった。
いくら他に客がいないからって、馴染みの居酒屋で、文字通り手を出すバカがどこにいると思うんだ?
――少なくとも、俺はそこまでバカじゃない。
そうこうしている内に、店主手ずから、何種類かのつまみを乗せた同じ皿を二枚、運んで来た。
「本日の、肴の盛り合わせです」
店主はニコリともしない。
いわゆる、仏頂面だった。
しかし不思議と、嫌な感じは全くしない。
まるで端麗辛口の日本酒のように、キリっと引き締まった顔立ちにピタリとはまっているからかも知れなかった。
店主がカウンター内へと戻った後、俺はおもむろに箸を手に取った。
肴の一種の豚の角煮は、箸の先が吸い込まれるようにスウっと切れた。
「――食えよ。空きっ腹で飲むと、回るぞ?」
俺がそう言うとやっと、月橋は箸を手にした。
小鉢に入ったあんかけ豆腐のようなものを切り分け、滑り崩れやすいだろうに器用に摘まみ上げる。
迷いがない、滑らかな箸さばきだった。
思わず、見惚れるほどに――。
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