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ましてや、ヤツと会っていたのは、共に同じ部署に配属された最初の二年間以降は職場ではなく、ほとんど酒の席でだった。
まぁ、ごくたまに社食や社外で昼飯を食ったが、酒を飲める夜の方が断然多かった。
――ぶっちゃけられる機会など、それこそいくらでもあった。
しかし、ただの一度もそうはしなかった。
俺と同じように、ヤツも又。
短くなっていたタバコを、深く喫ってとどめを刺した。
消して、新しいのに火を点ける。
煙と共に、答えをも吐き出した。
「俺は、いない」
ヤツには、ラブホに一緒に行く=付き合っている相手と言ったが、俺の場合は違う。
さっき、ヤツにも言った理由で、全くの逆だった。
俺は依然、出入り口のドアに近い位置に立ったままのヤツへと笑い掛け、告げた。
「だから、ここの常連なんだよ」
「・・・・・・」
自分で見なくてもヤツの目に映るので、実にいやらしい顔をしているのが分かった。
「で、おまえはどうなんだよ?月橋」
俺が促すと、さすがにヤツが観念したように答えた。
その前に、大きなおおきなため息をひとつだけ、吐いて。
「おれも、いない。――いたとしても、こんな所には一緒に来ない」
「・・・・・・」
嫌味にしては、何のひねりも皮肉もないヤツの物言いに、俺は知らずしらずのうちに笑っていたんだと思う。
ヤツの形の良い眉がますます、歪んだ。
俺が座っているソファーから、ヤツが佇んでいるドアまでは、それなりにある。
ハッキリ言って、話をする距離じゃない。
しかし、ヤツとの隔たりはそれ以上にあるように、俺には感じられる。
このままヤツがドアノブに手を掛けてこの部屋を、ホテルを出て行くことはけしてないと、俺は信じて疑わなかった。
俺が知っている月橋康という男は、敵前逃亡をするような奴ではない。
案の定、月橋は、俺が座るソファーへとゆっくりと近付いて来た。
そして、ソファーのすぐ横にはキングサイズはあろうかというベッドが、俺が住んでいるマンションのワンルームよりもはるかに広いであろう部屋の、ほぼ中央に鎮座ましましている。
それがなければ、ビジネスホテルと何ら変わらない。
ラブホテルにしては、実にシンプルな造りの部屋だった。
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