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真相の夜――ソファーにて
ソファーの背もたれへと手を掛けて、月橋が俺の名字を呼ぶ。
「野宮――」
「何だ?」
俺は、短い返事にも動揺が出ないように苦労した。
俺だって内心では、何でこんなことになったのか?と相当にうろたえている。
「おまえって煙草、喫ってたんだ?」
「・・・・・・」
そこかよ。
同期の同僚、しかも同性に、わけが分からないままにラブホに連れ込まれている今、この場に及んで、疑問に思うのはそこかよ。
山脇係長が言う通り、ヤツは出世するかも知れない。
何と言おうか――、まるで敵わないと思った。
月橋に言われてみて、俺はザッと思い返してみた。
確かにヤツが言うように、俺はヤツの前でタバコを喫った憶えはなかった。
また、ヤツがタバコを喫っているのも、この十年間で一度も見たことがなかった。
元もと、喫わない質なのかも知れない。
いや、それどころか、もしかして嫌いなのかも――。
そう思ったが、俺はヤケになり、タバコを喫うというよりは吹かした。
たちまち、白い煙が俺とヤツとの間に立ち込める。
――文字通り、煙に巻いてしまいたかった。
「普段はそうでもないけど、酒を飲んだ後とか無性に喫いたくなるんだ。あぁ、あと、イライラした時にとか――」
「・・・・・・」
さすがに、伝わったらしい。
俺の嫌味に対する返事は、ない。
幸いなことに、目に見えて萎れるヤツの姿に興奮するほど、俺はろくでなしではなかった。
俺はタバコを消した。
最近は酒を出す店でも、完全禁煙の所が増えてきたように感じられる。
俺はヤツへと言った通りだったから、特に苦には思わなかった。
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