808人が本棚に入れています
本棚に追加
月橋と俺とは、同期入社だった。
同じ課に配属されて、後に互いに浪人も留年の経験もないことが分かり、全くの同い年だと知った。
いや、正確には、早生まれのヤツの方が十か月ほど年下だった。
だからどうというわけでもないのだが――。
二年後、俺は違う部署へと移動になり、さらにその一年後にはヤツもまた、違う課に移った。
その間も連絡を取り合い、月に一、二度会っては互いの近況を肴に酒を飲んだ。
ヤツは強くはないが俺はそこそこに飲めて、揃って、――特に日本酒が好きだった。
美味しいと思われる店を競うように探し出してきては、誘い合った。
この店にだって本当は、こんなことで来たくはなかった。
ハッキリ言って俺のお取っとき、――いわゆる、切り札だった。
しかし今夜、おれがここに決めたのは、飲み物以外を注文しなくていいからだった。
『居酒屋はるな』には、三種類の値段設定のコース以外のメニューは、飲み物しかなかった。
込み入った話をするには、その方が便利だと思ったからだった。
俺は、豚の角煮の脂をもずく酢で洗い流し、さらにビールでとどめを刺した。
口がサッパリとしたところで、俺は言った。
「話してみろよ。何かあるんだろう?」
「別に。特に何もない――」
月橋が、小振りながらもサザエの茹でたのを掴む。
中身を取り出すための竹串を持つ手を、俺は捕らえた。
ハッとした顔をする月橋に対して、俺は表情を変えないように努めて告げた。
「それは日本酒までとっとけ。――飲むだろう?」
「あ、あぁ・・・・・・」
「ビールにサザエの肝だなんて、生臭いだけだ」
ヤツは黙って、俺の言葉に耳を傾けていた。
自称・日本酒好きとしては有り得ない『失策』をしたと、その小作りな顔がありありと物語っていた。
俺は手酌で、瓶に残っていたビール全てを注ぎ切った。
中瓶のそれのほとんどを、俺一人が飲んだようなものだった。
月橋がほんの一口飲んだだけのも、一緒に片付けてやろうかと思ったが、止めた。
それでは、間接キスになってしまう――。
最初のコメントを投稿しよう!