決意の夜――居酒屋にて

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 月橋はちゃんと自分で串を持って、大人しく塩味のつくねをかじり始めた。 それにしても、五平餅のような平たい形でよかったと、改めて思う。 きりたんぽのような棒状のであったら、さぞかし、目のやり場に困っていたことだろう――。  おちょぼ口というほどではないが、ポッテリと厚みがある、ヤツの唇が棒状のものを咥えるのを想像しただけで、頬に血が上る。 その唇がヌラヌラと、つくねの脂と肉汁とにまみれて――。  そこまで思ったところで、ちょうど店主が酒を運んで来た。 一合徳利とお猪口を二個とを、テーブルの上に置く。  酒器は揃いのもののようだった。 陶芸に詳しくない俺には、何焼きかまでは分からなかったが。  「特別純米 無濾過生原酒 儀助 奈良の酒です。純米吟醸のよりも、こちらの方がしっかりとしていて、辛く感じると思います」  店主の説明は、淡たんとしていた。 淡たんとし過ぎていて、押し付けがましいところが全くなかった。 「へ、へぇー奈良の酒か。奈良って、日本酒発祥の地って言われてたよな?確か」  いわゆる、諸説アリというやつだった。 普段だったらこういう、店側の人間との遣り取りは、月橋の得意分野だった。  童顔と相俟った人懐っこさを見せる月橋に、店側も気安く応じた。 特別に、メニューには載せていない酒や料理を出してもらうことすら、あった。 「そうらしいですね」   さすがの店主も、客との雑談に応じる際には雰囲気が和らぐ。 かろうじて笑いと呼べるようなものを、スッキリと整った顔に浮かべる。  素直にカッコイイとは思うが、――残念なことに、タイプではなかった。 俺の好みはどちらかと言うと、カッコイイよりはカワイイ感じのだった。  日本酒に例えるのならば、ほんの微かに吟醸香がするような、優しく控えめな味わいのだった。 なおかつ、けして甘ったるいだけではなくて、芯はシッカリとしているような――。  得てして、そういう酒の方が、最後まで飲み飽きることがない。 ――部署が変わりつつも十年近く着かず離れずに、付き合ってきた月橋のように。
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