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俺は無言で、ヤツに水ならぬ酒を向けた。
徳利を手にし、傾ける。
ヤツも無言で、お猪口を取った。
そのまま二人して無言で、ほぼ同時に中身の酒を干した。
酒に対する一種の礼儀――、儀式のようなものだった。
「美味いな」
「あぁ・・・・・・」
店主が言う通り、しっかりとした辛口の酒だった。
しかし、米のまろやかな甘みも感じる。
原酒は、普通の日本酒よりもアルコール度数がやや高い。
通常のが十五度のところ、十七~十八度あった。
しかし、この儀助はとても飲み易い。
――ということは、グイグイと飲めてしまって危険だということでもあった。
精ぜい気を付けようと心に留めつつも、口火を切る勢い付けのためにもう一杯だけ、手酌で飲んだ。
お猪口を置き、自分でもつくねをかじる。
青じそのスッとした香りが、鼻を抜けていった。
半分食べたつくね串を片手に、俺は月橋へと言った。
「――今朝のミーティング中に、居眠りしてたよな?ウトウトなんてもんじゃなく、グッスリと眠ってたよな?」
「・・・・・・」
俺の質問の体を取りつつも、その実、断言する口調に、ヤツは返す言葉が見当たらないようだった。
ミーティングは始業時の朝礼を兼ねて、朝一に行われる。
とは言え、まるで満員電車での延長線上のように、立ったまま舟をこぐヤツの姿を二人挟んで見て、俺は半ば呆れ、――半ば苛立った。
ヤツの両隣の、三村さんと石橋さんとは共に女性だった。
目を覚ました弾みでよろめいて、思わず抱き付いたりでもしたらどうする。
目撃者多数のセクハラ現行犯で、ヤツの会社員人生は、一発即死判定確実に思われた。
――俺が隣だったら、さりげなく支えて起こしてやるのというに。
俺の『質問』には、答える気などないのだろう。
つくねを食べ終えた月橋は、もう一つの焼き物の鶏手羽先へと箸を伸ばした。
手羽先は、鶏の脂だけとはとても見えないほどに、黄金色に照り光っていた。
そして、ただ焼いただけとは思えないほどに呆気なく、ヤツの箸さばきでほぐされていった。
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