808人が本棚に入れています
本棚に追加
俺は精一杯、神妙に作った声でつぶやいた。
「――健康だけが、取り柄だったんじゃないのかよ?」
「え?」
「昔、そう言ったろ?初日の自己紹介の時に」
「・・・・・・憶えてたのか」
ヤツの声もまた、低く沈んだ。
そんなことは有り得ないのだが、儀助が急に苦くなってしまったかのように。
「健康だけが取り柄の、月橋康です!で、元気いっぱい言ったよな?十年近く経って、若いだけでないのは俺も同じだ。せっかくまた、同じ部署で働くことになったんだし、――もう少し腹割って、話してくれてもいいんじゃないか?」
頼られずに、傷付いていることを包み隠さずに告げる。
俺は密かに、仕事のことだろうと当たりをつけていた。
部署を移動したばかりで、全くの若手でもなくなった会社員の悩みと言えば、やはりコレに尽きる。
色いろと、微妙な年代と立場となのだ。
――俺も月橋も。
「・・・・・・ノミヤ 二 イケ」
月橋がポツリと言う。
空になったお猪口を見つめていたヤツが、顔を上げる。
笑った目と俺のとが、バッチリと合った。
「――俺の名前は一慶だ。イッケイじゃあない」
俺がわざと渋い顔をすると、まんざらでもないようにさらに笑う。
月橋が分かり易いのは相変わらずで、十年近く経っても変わっていない。
ヤツが口にしたのは、入社早そうに俺に付けられた、あだ名のようなものだった。
野宮一慶を、ノミヤイッケイと読ませる。
そして、ノミヤ 二 イッケイ、ノミヤ 二 イケと崩す。
実在してるかも知れない、サトウトシオさんやオオバナナさん、ハラマキさんと親戚みたいなものだった。
最初のコメントを投稿しよう!