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抗戦の夜――タクシーにて
済ませた会計が、二人分にしては安価かったのは、ほとんど酒を飲まなかったからだけではないだろう。
タクシーが到着し、二十時前だというのに、既に寝ぼけまなこの月橋を引きずり、俺は店を出ようとする。
そんな俺を、榛名さんは呼び止めた。
コンビニのような白いビニール袋を差し出してくる。
「タケノコご飯のおむすびです。夜食にでもしてください」
「わざわざ済まない。――ありがとう」
包みはご丁寧にも、二個あった。
ヤツに手渡しても分からなさそうだったら、俺が二つとも貰ってしまおうと、心密かに画策する。
おそらくはもち米だけで炊かれただろうそれは、だし遣いも塩加減も上品な薄味だろう。
以前、食べた時はとても美味しかった。
煮物もタケノコで、〆のご飯ものもタケノコということは、今夜の天ぷらも汁物も又、以前と同じくタケノコだったのだろうと、俺は想像する。
それらの美味しさも合わせて、舌の上に思い出されてきた。
俺は先にタクシーへと乗り込んだ月橋を、食べ損ねたタケノコづくしの恨みを込めて、見つめた。
ヤツは後部座席に沈み込むようにして、収まっていた。
俺も後部座席に乗り込むなり、ヤツの肩を乱暴に揺さぶり起こす。
「おい、行き先ドコだよ?」
「駅で、いい――」
ワンメーターで行くかいかないか、微妙なところだった。
俺よりもやや小柄で、やや痩せ気味とはいえ、月橋もれっきとした男、――成人男性だった。
肩を貸して歩いて行くには、無理がある。
やはり大人しくタクシーで、駅へと向かうのが最善策だと思われた。
駅で、俺はふと思い付いた。
「駅って――、おまえ、そんなんで電車乗れんの?」
「うん・・・・・・だい、じょう、ぶ」
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