神は居ます。お気軽に御入りください

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 校の外れ、部室棟二階の一番奥まったところにあった、なぜか一つだけ枠を赤く塗られた扉のドアノブに、小さな白板(ホワイトボード)が掛けられていて、神は居ます、お気軽に御入り下さいと、かわいい鳥居の絵を添えて書かれている。  意味がわからなくて手元の小冊子(パンフ)を確認すると、部室棟二階の突き当たりは崇敬奉贊會の部室で、部長を務めるは齋藤真晴(まはる)とされていた。全県模試で一位を取ったとか、賞状や奨杯(トロフィー)が自室に入りきらず廊下に溢れていたとか、色んな逸話のある秀才だ。  その活動内容は⋯⋯  『手芸、音楽活動、人類学、占い、受験必勝・恋愛成就・世界平和 など』?  よく、意味がわからなかった。  困惑してはてなと首を捻って、扉の上に掲げられた立派な扁額が目についた。額には『御玉居』とあり、スマホで調べてみたところ、おんたまない、と読むらしい事が分かった。『美わしき御座所』の意で、神社本殿の最奥部に設けられ、神霊の依り代である神体を奉安する、神霊の座する場所、つまり神座のことを指すのだと言う。  神座?   『神は居ます』。 『お気軽に御入り下さい』。  枠を赤く塗られた扉が閉じきられておらず、開きかけていることに気付く。窓もない廊下の薄暗がりのなか、それが何となく不気味で、妙な胸騒ぎがして、僕は生唾を飲み込んだ。  怖いもの見たさで僕はドアノブに手を掛け、そっと引いた。  ほんの一瞬、隙間から中を覗くだけ⋯⋯ そう自分に言い聞かせて、指一本ほどの僅かな隙間を作り、中を覗きこもうとして、震えた。  隙間から部屋の奥を覗き込もうとした僕を、その隙間から覗いているモノがあったからだった。  僕はひえっ、と悲鳴をあげた。  隙間に立って僕のことを見て、ソレはニチャア、と笑った。  それは、可愛い女の子だった。  永遠にも思える一瞬間、蛇と蛙のように僕と少女はそこで見つめあった。  少女はくすすすすと笑って、扉の陰へゆらりと退いて、ふっと部屋のなかへと消えた。  入りたまえ、と声がした⋯⋯  僕は後退りした。  部屋からニュッと腕が伸びて僕の腕を掴み取って、引っ張った。 「ひっ!?」 「御入り」  振り払って突き飛ばして逃げようとも思ったが、心の紳士が邪魔をした。  女の子に手を引かれ、僕は『御玉居』に足を踏み入れた。 ※⛩※⛩※⛩※  僕を部室に引っ張り込むと、少女は壁にかけられた真っ白い縄を取ると、制服の上に巻きつけた。その縄は神木や横綱が巻く注連縄にそっくりだった。 「⋯⋯文佳音(ウェン・ジェイン)君」 「はい!?」 「新しい学校には慣れたかね⋯⋯」  少女に訊ねられて、僕はぞわぞわした。  なぜ、僕を知っている。 「あの」 「ん?」  僕は彼女の質問には答えず、おずおずと訊ねた、 「齋藤先輩、です、よね⋯⋯?」 「あゝ」  彼女は首肯した。 「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯本当に?」 「本当だよぉお」彼女は嗤って言った、「よく訊かれるよぉ⋯⋯ 失礼しちゃぁあぅう」 「あは⋯は⋯⋯」  僕はごくりと生唾を飲んだ。  部室の奥には机が六つ、隙無く列べられており、その上に畳を敷いて、四隅に柱を立てて帳(カーテン)を垂らした、四角い天幕(テント)が設(しつら)えられていた。齋藤真晴は上履きを脱いで机に上がり、畳に胡座を掻いて僕を見下ろした。  彼女を見上げて僕が立ち尽くしていると、齋藤真晴は左手で部室の床を指して、「どうぞ」と勧めた。 「はい」と反射的に答え、「え⋯⋯?」と困惑し、地べたを見つめて立ち尽くした。 「あ、あの⋯⋯」 「ああ」齋藤真晴は微笑み、頷いた。「遠慮することはない」  僕は、困惑したが、従った。  膝を折り、床に腰を下ろす。床はピカピカに磨かれ、塵一つ落ちてはいなかった。 「さて」齋藤真晴は僕を見下ろして言った。「では、何に悩んでいるのか言うがいい⋯⋯」 「あ はい⋯⋯」僕はどきりとした。見抜いたのか当てずっぽうかは知らないが、確かに彼女の言う通り、僕には悩みがあった。「実は転校して来てもう二週間になるのに、未だに友達が一人もできないんです。中間テストまで一週間という半端な時期の転校で、みんな試験勉強に忙しくて僕に構う余裕もなくて、試験が明ける頃には転校生としての物珍しさも薄れていて⋯⋯」 「ふむ⋯⋯」と齋藤真晴。 「それで今色んな部活を見学してるんです、どこか空気の良さそうなところに混ぜてもらえないかと思って」  僕は何かいいアドバイスが貰えることを期待して、息を殺して学年主席全県模試一位齋藤真晴の言葉を待った。  彼女は小さな紙切れと筆ペンを手にとって何かをさらさらと書きつけると言った。 「よし! では頭を垂れて額を床に擦り付けたまえ」  よく聞き取れず、「え?」と僕。  「頭を垂れて額を床に擦り付けたまえ」  意味がわからなくて「はい?」と僕。 「頭を垂れて額を床に」 「なんで!!?」 「なんで!!!??」齋藤真晴は驚きに目を見開いて繰り返し、次に怪訝な表情で声を押さえて、訊ね返す。「なんでってなんで?」 「あなたを拝めば友達ができるんですか!?」 「できる」齋藤真晴はそう言い切って、力強く頷いた。  彼女は言った、  さあ、伏して拝め  蹲ってわたしを信仰するなら、いいものをやろう  お前に福を授けて進ぜよう、と。    僕は彼女の瞳に狂気が渦を巻くのを見た。  齋藤真晴の眼力に押し負けて、僕は彼女を拝んだ。  すると彼女は満足げに、嬉しそうに、にっこり微笑み頷いて、ではお前に福を授けると言って、小さな紙袋を放って寄越した。  僕は受けとって、平伏しお礼を言って、脱兎のごとく逃げ出した。  僕は教室に逃げ帰り、席に着き、息をつき、呼吸を整え、バクバクいう心臓が落ち着くのを待って、渡された紙袋を恐る恐る覗き込んで中を確かめた。  入っていたのは、大福餅と御守りだった。 ※⛩※⛩※⛩※  大福と御守りを見るや、級友達は察した。皆は生還した僕を取り巻いて、何を見たか、何をされたか、根掘り葉掘り聞き出した。 「転入早々また偉いのに見込まれちゃったもんだね」ある男子は溜め息を吐いて言った。「彼女は自称神様なんだよ」 「あの人は被害者なんだ」またある男子は言った。「彼女は親に洗脳されたんだよ」 「真晴さまは勉強のし過ぎで少し異状(おか)しくなってるだけだよ⋯⋯ 最近勉強してるとこ見ないし直に好くなるよ⋯⋯」と思い詰めたように言う子もいれば、 「親が狂っていたからだよ。母親が狂っていたから、あの子も狂っているんだよ」と嬉しそうに決めつける子もいた。 「受け取っちゃったんだ⋯⋯ 大福は必ず食べるようにね。決して捨てたり材料を調べたりしないように」「お供え物を用意してお礼参りするんだよ お供え物を用意してお礼参りしないと不幸があるよ」「怖くて気持ち悪いけど、美人だよね」  僕を取り巻いて人の輪をつくり、口々に思い思いの出任せを言う級友たち。  それはまるで、これまで僕と彼ら彼女らを隔てていた見えない壁が溶けて消えたかのようだった。  不意に、「僕、貰った御守り袋開けて見たら乳歯が入ってたよ」と誰かが吹いた。 「僕の友達の友達は、詰めた小指が入ってたって」とまた別のだれかが吹いた。  僕は思わずゾッと身を震わせて、袋の中身を検めた。  御守り袋には小さな御札が入っており、赤い文字で『友達百人出来よかし』と書かれていた。 🍑⛩️🍑⛩️🍑⛩️🍑  教室の戸が開く音がして、齋藤真晴さんいますかという聞き覚えの無い男子の声がして、私は咀嚼していた法蓮草(ほうれんそう)のお浸しが口のなかで砂に変わったように感じた。 「ええと、真晴神は⋯⋯」誰かがそれに答えて、「いないみたいです」  それでいい、そのまま帰れと念じて、わたしはお茶で法蓮草を流し込もうと試みた。 「カミノツカイならあすこのぼっち飯がそうですけど」  私はギクリとした。 「ほら、あすこでひとりで壁に向かって座ってもそもそと不味そうに弁当を食べている女の子がそうですよクスクス」  私のお箸を持つ手が震えた。  背後に近づく気配を感じ、教室の其所此所で忍び笑いが漏れるのを聞いた。 「ええと、神使、さま?」  背中に声を掛けられて、私はついビクッとして「ひ、はい」と思わず答えて、級友たちが吹き出して、私は恥ずかしさの余り、唇を噛んで俯いた。  やや腰が引けた、可愛い顔を強張らせた少年は、私の顔を覗きこんでホッと顔の緊張を解いて、「ああ、よかった」と私を笑いながら、「思ったよりもずっと普通の人なんですね」と言った。    唇を噛む顎に力が込もった。 「ええと、僕、文佳音と言います」少年はそう言うと頭を下げて、「あの、これ、お納めください!」高そうな白桃の六玉入りギフトセットを差し出した。「その、何がいいか悩んだんですけど、あの、神様なら桃がお好き※かなって思って」少年は上目使いで言った。  私は無言でそれを受けとった。  私はあの神憑りのせいでバカにされ、笑い者にされ、神使呼ばわりされ、一目見て判る異常者に違いないと思われている。 ※桃の実は神仏に力を授ける仙果とされる。 ※⛩※⛩※⛩※  真晴が帳台で胡座を掻いて、私に切らせたお供え物の桃を頬張っている。 「美味いか?」私は桃を切るのに使った果物ナイフを研ぎながら、猫なで声で訊ねた。 「うん」 「そうか」わたしは言って、研ぎ上がったナイフの刃を灯の光に翳し、凝視した。「いいご身分だな」 「あん?」 「私の事など気にすることはないんだぞ。友人の幸せは私の幸せだからな」ねちねちと、私。 「はぁ?」と真晴。「そこまで僻むほど美味くはないぞ(クチャクチャ」 「桃の話ではない!」と私は怒りに任せて果物ナイフを床にぶん投げ叩きつけた。 「な なに 何の話なのじゃあ(ゴクン」思わずちょっと居住まいを正した真晴を私は睨み付け、「私が巷でなんと呼ばれているか知ってるか」と苦々しく言い放ち、部室をイライラと歩き回った。「どいつもこいつも私のことをカミノツカイだのオベッカツカイだの⋯⋯」  御帳の陰で真晴がクスッと笑うのが聞こえた。 「笑うな!!」私はダンッと部室の床を踏み鳴らして、「あんたのせいで私までもがこのような扱いを受けなくてはならないのは、我慢ならない!」御帳台を指差して爆発した。「あんたは私の友達だろうが! わたしがバカにされてなんとも思わんのか!?」  私の背中を指差してくすくす笑った級友たちの浮かべていたであろうせせら笑いが目蓋に浮かび、視界が赤く染まって脳裏の何かがぶちッと切れる音がした。 「いつかあんたの頭も冷えて、この遊びにも飽きるだろうと信じてずっと我慢してきたが、もう沢山だ!」屈辱のあまり私は髪をかきむしる。「何故私にこんな恥を搔かせる!? 私を一体いつまで待たせる!? 一体いつまで耐えれば、前のあんたに戻ってくれるんだ!? ええい、答えろ!」  彼女の肩を掴んで揺さぶってやるつもりで、机に足をかけ、御帳に手をかけ、御座に上がり込もうとしたその時。  御帳台の内よりにゅっと伸びた手が私の手を掴み取ってぐいっと引っ張った。  私はあっさり体勢(バランス)を崩して前のめり、真晴の胸に突っ込んだ。  彼女はわたしを抱き止めて、桃を一切れ私の口に突っ込んで黙らせると、「前も後もない」と囁いた。「もとよりわたしは神だった。忘れていただけだ」  私はくっと唇を噛んで、真晴と口一杯に広がる桃の風味を呪い、真晴をおかしくした原因を作った過去の己の言葉を呪った。  ありのままのあんたを受け入れるなんて、言うんじゃなかった。 ※⛩※⛩※⛩※  まだまともだった頃のあんたに初めて声を掛けた時、とても緊張したのを覚えている。  今でこそこんなだが、あんたはかつて品行方正を絵に描いたような真人間で、わが校の誇る英才で、私などには不釣り合いと言うか住む世界の違う人間だったので、私の友達になってくれますか、あんたにそう訊ねたあの日、あんたが、『喜んで』と答えてくれたあの日、私はあんたの言葉を社交辞令だと決めつけて頭から信じなかった。  あんたと『友達』になって数日が経ち、どうやらあんたが本気らしいことにやっと気づくと、私は喜ぶよりも恐怖した。そもそも私があんたに近づいたのは、あんたの小判鮫になれば私をバカにする者はいなくなるだろうという私らしい卑しい考えからで、ダメでもともと、億に一つ上手くいけばラッキーくらいに思っていたはずだったが、いざあんたを手に入れてしまって、今度は身の丈に合わぬ秘宝を手にした故事の小人のように、いつかあんたが私に失望し、私の元を離れていくに違いないと決めつけたのだった。あんたに捨てられるその日に怯えて過ごす、惨めな日々が始まった。  私はその日を遅らせたくて、あんたにふさわしい人間になろうとした。  勉強を頑張って、下の上だった成績を上の下にまで上げたのは、あんたに恥ずかしい思いをさせたくなかったからだ。  帰宅部だったわたしが声楽部に入ったのは、あんたの演奏に合わせて歌いたかったからだ。  当然ながらどんなに勉強や歌を頑張ったところで私があんたに並べる日など来る筈もなく、私は徐々に磨り潰されていく思いだった。特にわたしを追い詰めたのは人の目だった。『私を馬鹿にするものはいなくなる』どころか、あんたが私ごときと仲良くしていることや、あんたに棄てられるのを恐れるあまりあんたに媚びへつらうようになった私のことを、快く思わない人は沢山いた。私たちは美女とキョロ獣、似ずに寄ったりなどと渾名されるようになり、ある日私のことであんたまで悪く言われ出したのを聞いて、その日が来たことを確信し、私は逃げ出した。  あんたはわたしを逃がさなかった。  屋上の柵際にまでわたしを追い詰めて、息を切らせてあんたは言った。 「わたしにはあなたが必要なんだ」 「あんたに私の何が必要だって言うんだ!」  私は本気で怒って質し、泣いてあんたの手を逃れようとしたが、あんたは私を放さなかった。  どのくらいそうして揉み合っていただろう、あんたはわたしが疲れはてて鎮静し座り込むまでおどしすかし、真剣な、殆ど挑むような目で真っ直ぐ私の目を見詰めて、言った。 「あなたは特別だ」 「何が特別なものか」 「あなたはわたしを崇敬してくれるからだ」 「すう、けい?」 「そう」  そういってあんたは私に微笑みかけた。 「いいかい、よく聞いて。とても大事な話があるんだ」意を決したように、あんたは言った。「ずっと黙っていたことがあるんだ。わたしには秘密があるんだよ」 「秘密?」 「うん。この事は、まだだれも知らない。話すのはあなただけだよ。聞いてくれる?」 「うん」  あんたはわたしの手を取って、私の目を眼差して、言った。「私に例えどんな秘密があっても、ありのままのわたしを受け入れてくれる?」  あんたは真剣そのものに見えた。 「うん⋯⋯」 「誓って」  私は頷いて、「誓うよ。例えどんな秘密があっても、ありのままのあなたを」 「私は神だ」 「受け入れるよ!」そう言って、私はあんたに微笑みかけて、続けた。「ごめん、何だって?」 「実は私は神なんだ。人間を超えた存在なんだ」 「は?」  彼女はわたしの手を取って立たせると、はにかむように微笑んで、わたしの顔を覗きこみ、言った。 「私は神だから、私を崇敬してくれるあなたが必要だし、私は神だからあなたは私と釣り合わないなんて悩む必要はないんだよ! だって神である私は信仰を集めなくてはならないし、完璧な人間なんていないけど、わたしは神で人間越えてるから!」  頭のいい人の言う冗談はわからん  私みたいなのが特別だなんて頭のいい人の趣味はもっとわからん  私はそう思ったが、逃げ出した私をあんたが追ってくれたことが、私を感動させた。逃げるのは止めよう、あんたに選ばれた特別な存在である自分にもう一度賭けてみようと、思うことができたのだった。  齋藤真晴。私のいつかの、憧れの人。  それなのに⋯⋯! 「あんたにはわかるまい、あんたの友達に選ばれたわたしがどれ程誇らしかったか⋯⋯」  わたしは唇を噛んで涙を溢すまいと堪えたが、その努力も虚しく、涙はあとからあとから溢れて零れた。  あの人外宣言まで、あんたは友達に持って誇れるような、真面目な普通の良い子だった。私があの日あんなことを言わなければ今もそうであったかもしれないと思うと、私は後悔で叫びだしたくなる。 「完璧超人とか神童とか渾名されていた自慢の親友が、ある日自分は神で超人だと言い出して奇行の限りを尽くすようになったわたしの気持ちが、あんたに分かるか⋯⋯!?」 「よしよし」  真晴は怨み言をいう私を抱いて、背中を撫でた。 「毎年皆勤賞を取り、成績では全県でトップを争い、数々のコンテストで賞を取った模範的優等生だったあんたが、あれほど打ち込んでいた楽器を投げ出し、授業を平気でサボるようになり、いずれは落ち着くだろうと信じてた奇行を日に日にエスカレートさせるのを見て、わたしが何を感じたかわかるか!? 私たちを見る周囲の目がいまや冷え切り、私たちと口を利いてくれる人がすっかり減って、教師からはとうに腫れ扱い、親には心配され、そして私の神経がもう磨耗しきって切れる寸前だということが、あんたには分からないのか!?」  情けなくて泣けてきて、感情が溢れて、零れた。彼女の膝に顔を埋めておいおい泣いて、彼女の太ももを拳骨で殴打して、私は吐露した。 「もっと普通の子だと思ってたのに! 普通の人間だと思って友達になったの! どうしてくれんのこれ!? 普通じゃないどころかぜんぜん異常者じゃねーかクソが!! 死ね!!!!」 「いたいいたい」 「おかしいと思ったんだあんたみたいな人が私のような人間の友達になってくれるなんて! どうせ私なんか! 私なんか!」  腰に抱きついてびいびい泣いているわたしの髪を優しく撫でて真晴は言った。 「⋯⋯あなたがずいぶん無理をして私の側にいてくれてるのはわかるよ。なにしろ人の笑い者になるのをなにより嫌うあなたが人に笑われてまでわたしのつかいをしてくれているんだからね。私はあなたに報いたい。だから」 この馬鹿げたお遊びを終わりにして前の真晴に戻ってくれるのだろうか? 私は息を殺し耳をそばだてた。彼女は言った。「特別な加護を与えよう!」 「ええ!?」私は思わず顔をあげて言った。「特別な加護を!?」 「うむ!」  真晴は力強く頷いた。  わたしはひどく脱力した。 「そうがっかりするなよ。そら」真晴が赤い可愛らしい巾着袋を見せびらかした。「私があなたのために精魂込めて拵(こしら)えた子宝のお守りだ」 「要らねえ!?」 「まあそう言うなほれ、わたしがつけてやろう」  一体どんな育てられ方したらこんなになるんだ。  親の顔が見てみたい。  私は腹立ちを込めて真晴の腿を頭突いて、彼女のスカートで涙を拭った。 「あんたこの上更に成績まで落とすようなら本当に絶交だからな」 🍑⛩️🍑⛩️🍑⛩️🍑  ずっと、おまえと仲良くなる機会を窺っていた。  齋藤真晴。  話したこともないが、おまえは私にとって特別な人だ。  小学校ではずっとクラスで一番の優等生だったわたしは、競い会うライバルと言うものにずっと憧れていて、だから、中学に上がってはじめてのテストでお前に負けてから一直(ずっと)、おまえこそがようやく巡りあえたライバルに違いないと見込んで、おまえを密かに想っていた。  私は、おまえを、尊敬している。  だからあの日おまえの使いが生徒会室にやって来て、バツが悪そうに、あなたに直接渡すように言われましたと言っておまえの署名の入った部設立届けを差し出した時、私は、こき下ろして突っ張ねるのと即日入部を申し込むのとどちらがより深い印象をおまえに残せるかをまず考えながらその紙切れを受け取った。  最初におまえの署名を確認した。美しく、力強く、惚れ惚れするような見事な揮毫(筆ぶり)は確かにおまえのものに違いなかった。おまえ自身を撫でる気持ちで、指先でおまえの名をなぞった。  活動内容の欄には同じくおまえの華々しい筆跡で『受験必勝・恋愛成就・世界平和 など』とあり、貧相で特徴のない小さく弱々しい文字で『手芸、音楽活動、人類学、占い』と書き添えてあった。  部名の欄にはどっしりとしたいい文字で、齋藤真晴崇敬奉賛会と並ぶ。重厚な好い名だと思った。部員の欄には弱々しい文字で源許多(みなもとあまた)とあった。  わたしは視線をあげておまえの使いをみて、「わたしに直接渡すようにと、そう齋藤さんが言ったのね」と訊ねた。  彼女は唇を噛んで頷いた。  私は椅子の背凭(もた)れに寄りかかって、お茶を一口すると沈思黙考した。  困った。  意味が分からなかった。  おまえが一体何を始める気なのか、さっぱり見当もつかなかった。  活動内容不明で突っ返してしまおうかとも考えたが、理不尽に却下してこそおまえに私を印象づけれるのであってこんなふざけた申請書を握りつぶしたところで意外性もなにもないし、それにせっかく私を見込んでくれたおまえに応えてやりたかった。なによりわたしはおまえが何を始めるのかに興味があった。突っ返した結果、より無難な内容で再提出されたら? 最悪だ。そんなつまらない話はない。  わたしはずいぶん考えた末に、筆を取り上げて一思いに『朝生頼子(あそうよりこ)』と署名し捺印した。  おまえの使いはとても驚いて、言葉を失って私と捺印された申込書を交互に見た。受理される筈が無いと思っていたのだろう。 「齋藤さんによろしく」わたしは空き部室の鍵を手渡してやり、言った。「その内のぞきに行くわ」 ※⛩※⛩※⛩※  わたしがおまえにいくらかの部費と小さな部室をあてがってやってしばらくすると、おまえの会について流言蜚語が飛び交うようになり、わたしは部下に命じてそれらを調べさせ、報告を夢中になって読みふけった。  おまえの奇行について語った滑稽な笑い話、  おまえの家庭と血筋についての悪意ある中傷、  おまえに『詣(まい)って』ご利益があったとする風説、  おまえの『祟り』に纏わる不気味な怪談の数々を。  齋藤真晴 おまえはなんと計り知れない人だろうかと、私はおまえを想った。 ※⛩※⛩※⛩※  放課後の部室棟の廊下を、腰に着けた赤い巾着袋を揺らして、おまえの使いがひとりで俯いてとぼとぼ歩いていた。 「源さん?」彼女のうらぶれた背中にわたしがそう声をかけると、彼女はギクリと背を震わせて振り向いた。 「かっ、会長?」 「これから部活? ちょうどよかったわ」  おまえの使いは私の知る限りあまり特徴の無い、成績のわるい※、卑屈なおべっか使いだとされる評判の悪い子で、わたしは前々から彼女のことを羨ましく思うと同時になぜおまえがこんなのを側に置いているのか興味があった。  勿論おまえが友人に選ぶくらいだ、みんな知らないだけできっと計り知れない人間的魅力に優れているのだろう。それを探ってみたくて、適当な話題を探した。  わたしは彼女の腰に帯びた巾着袋に目をつけた。 「あら」わたしは彼女とアイコンタクトしてにっこり微笑みかけた。「かわいい腰巾着ね」  間。 「あ、いえ、あなたが腰に着けた巾着袋が可愛いねってことで」あせあせと私。「別にあなたがかわいいと言いたかったわけではなくて、いや勿論あなたはかわいいんだけどその」 「大丈夫です」彼女は俯いて、くっと下唇を噛んだ。「分かってますから」  超気不味い沈黙が流れた。 「その」私は少し声が上擦った。「その、部活動を見学したくて。良いかしら」 「見学」  私が訊ねると、おまえの使いはそう言って恐怖したように目を見開いて、絶句した。 「⋯⋯あの、その、許可を出したのがわたしだから、どんなことしてるのか一度見ておこうかなって」  わたしはやや気圧されて、言い訳をするように言った。  おまえの使いはくっと唇を噛み、絶望したように項垂れて、 「ご一緒します⋯⋯」  とそう言うと、覚束ない足取りで歩き出した。 「あ、ありがと⋯⋯」 「⋯⋯」 「⋯⋯」 「⋯⋯」 「⋯⋯」   私に付き添う彼女の腰に結わえられたかわいらしい赤い巾着袋が、一歩毎に揺れた。 「⋯⋯これ、真晴に貰ったんです」おまえの使いは沈黙を破り、ぽつりと言った。「特別な加護があるらしいんですよ⋯⋯」 ※ここでは上の上以外の成績を指す。 ※⛩※⛩※⛩※    おまえの使いが部室の扉を開くと先客がいた。  お香が焚きしめられた、良い匂いのする空間で、御帳台に腰掛けたおまえと向き合って、女の子が小さな椅子に座って、手を合わせて、唱えている。  この濱中蕭(はまなかしょう)を祓え給い、清め給え、  神(かむ)ながら守り給い 幸(さきわ)え給え。  それに応えておまえは言った。  神ながらおまえを祓い清め、守り幸えん。  そう言っておまえは白桃をひときれ、そっと娘の口に含ませた。そして彼女の頭をわしわしし、腕をペタペタ触って、肩を揉み、手をにぎにぎし、頬をぺちぺちし、きゅっと抱き締めて、背中を撫でて、頬擦りした。  石になって固まったおまえの使いの肩越しに私はそれを目撃し、衝撃を受け、よろめいた。  何ていかがわしい。  頼めばおまえはわたしにも同じようにしてくれるのだろうか。 ※⛩※⛩※⛩※  お供え物ですが。  そう言っておまえの使いが出したのは、高級そうな桃だった。 「おいしそうな桃ね」と私。 「ぼっちの転校生に友達を授けてやったらくれたんだ。一緒に食べよう」とおまえ。 「わたしにもあんた以外の友達を授けてくれよ・・・」とおまえの使い。 「あなたにはわたしさえいれば良いんだ」  注連縄を腰に巻いて、御帳台に鎮座ましますおまえをぼうっと見上げながら、わたしは訊ねた。 「さっきの娘(こ)とは何をしていたの」 「手をかざしてやっていた」 「手・・・ か、ざし・・・?」と私。  あんなベタベタ触っててもかざすって言うのかしら・・・?  「手かざしってなに。なにかのおまじない?」 「真晴が触ると万病が癒えるというやつがいるんです」おまえの使いがゲンナリした面持ちで言った。「ニキビが消えたとか、便秘が治ったとか、生理痛が治まったとか・・・」 「へえ?」私は懐から真晴帳を取り出して新情報を書きつける。「その話は初めて聞くわ」本当は触ってほしさで来てるにちがいないと内心わたしは決めつけた。 「な、なんですか、そのノートは⋯⋯」とおまえの使い。「何が、書いてあるんですか⋯⋯」 「うん、まあ色々⋯⋯」おまえのご利益で告白が上手くいったとか、試合に勝ったとか、祟りがあったとか、貰ったお守りに乳歯やはがれた爪が入っていたとか。わたしは視線をあげておまえを見た。「学校中あなたの話題で持ちきりよ。どこまで本当なの?」  おまえは、にちゃあ、と笑い、 「全部本当だよ」 「適当こくのやめろ!」とおまえの使い。 「あなたは信心が足らんな」フンと鼻で笑って、おまえは言った。「あなたがそう信じてくれれば、わたしは何でも出来るのに」 「『わたし』」とわたし。 「神だ」とおまえ。 「神様⋯⋯!」  わたしは息を飲んだ。  おまえの使いはいっそうゲンナリした。 「噂は本当だったのね」 「すべて事実だ⋯⋯」 「なんてこと⋯⋯」わたしは口を押さえた。おまえの使いは白目を剥いてくっと唇を噛んだ。  得体の知れない教団に潜入したようでわくわくした。 ※⛩※⛩※⛩※  御利益を授けて貰える事になった。 「なにがいい?」とおまえは訊ねた。 「そうね」あの濱中蕭とか言う女と同じようにして欲しいとは恥ずかしくてさすがに言えなかったわたしは、少しだけ考えて言った。「学業成就かしら」 「いいね」  小さな御札にさらさらとなにかを書き付けて、私の目を真っ直ぐ見ておまえは訊いた。 「わたしを信じてくれますか?」  わたしは答えた、 「わたしはあなたを信じます」    おまえはそれを聞いて嬉しそうに微笑むと、わたしにお守りを手渡した。  金文字で勧学御守と縫い付けられたそれをわたしは指先で撫でる。 「これで次のテストはあなたに勝てるかしら」 「私の霊験を信じて一心に打ち込めば勝てる」おまえはそう言って力強く頷いた。「勝てなかったらその時はより強力な御札を作って上げよう」 「神様⋯⋯!」 「おい神様さっきも言ったけど順位落としたら絶交だからないいな」 ※⛩※⛩※⛩※ 「あまた、会長をお見送りして差し上げろ」  おまえの使いが頷いて、腰を上げる。腰につけたものが揺れて、沢山ついた鈴がしゃらしゃらと鳴った。  源許多(あまた)禦守、と艷やかな黒い絹糸で名前が入れられた、手作りの名前入りの可愛い赤い腰巾着。  自分のもらったお守りを目を落とす。  青い、可愛い、市販品のお守り袋だった。 「かわいい腰巾着ね」  おまえの使いがギクリと震えた。 「そうだろう」とおまえ。  思わず私はねだっていた、「わたしも同じのが欲しいわ」と。  おまえの使いが、おまえを見た気がした。    おまえは笑って、 「それは特別な加護を与えたもので、おいそれと授けることはできないな」 「そうなの?」 「そうなの」 「⋯⋯そう」  私は源あまたの真似をして、くっと唇を噛んだ。  おまえの使いは満更でも無さそうに、すんと鼻を鳴らした。  わたしもいつかお前の特別になれるだろうか。 🍑⛩️🍑⛩️🍑⛩️🍑    文学部部長、椎名貴己(あつき)は怯えきった三人の後輩に引き摺られるようにして、奉贊崇敬會の部室へ連行されて来た。  後輩らが椎名貴己を御座の前に正座させて、恐怖に憔悴した面持ちで、齋藤真晴に向かって口々に訴えて曰く、  百物語をやって、鬼の子が出た。  百物語の第百話、椎名貴己の物語った創作怪談の鬼、御髪様(オグシサマ)が現実になって現れたのだと、三人は言った。 ※⛩※⛩※⛩※  三人の供述を総合したところ、文学部の部員らで考えた怖い話を持ち寄って、九十九話で止めて同人誌にしようというのが本来の趣旨であったらしいことが知れた。  そもそもみんな百物語なんて本当は嫌だった、椎名部長だけがどうしてもと言って聞かなかったと御河童の娘が啜り泣いて言った。  九十九話でやめると約束したのに、部長のクソバカが話数をごまかしていた、と御団子の娘が告発した。  鬼はクソバカの髪に取り憑いている⋯⋯ ゆるふわショートボブの娘が震える声で囁いた。  わたしは鬼が取り憑いたという、椎名貴己の髪、地を擦るほど長く伸ばされた、黒揚羽のように光輝くその美事な髪に見惚れた。 「どんな障りがあったのか、詳しく話してみたまえ」  真晴がそう促すと、三人娘は恐れと蔑みが入り交じった目で憎々しげに椎名貴己を睨(ね)め付けて、止めどなく語りだす。  曰く、冗談をいうと髪の中からくすくす笑い声がした。  曰く、隠し持ったお菓子が何者かに食い散らかされ、椎名貴己の髪の毛に食べ滓がついていた。  曰く、椎名貴己の髪の毛を手櫛で梳(けず)っていたら、髪の中から何かに手指を握り返された。  曰く、鏡に映った部長の髪に子供がしがみ着いているのを見た。  曰く、部長の髪が風に靡いた拍子に子供の顔が覗いた。  曰く、闇の中部長の髪の中で鈍く光る鬼の目を見た⋯⋯  熱心に聞いていた真晴だったが、不意に三人の言葉をしっ、と遮った。  長い間があった。 「どうした、真晴」わたしが訊ねると、真晴は私の唇に指で触れて、しぃぃ、と静し、よく聞こえるように耳に手をやり、身を乗り出して椎名貴己の髪に目を凝らした。  一同静まり返り、息を潜め耳を澄ませた。  椎名貴己の方から滓かに ⋯⋯いいや確かに、木霊するように、くつくつ、くつくつという笑い声が聞こえた。  後輩たちは慄然と退いて距離を取った。わたしは思わず真晴の手を取って握りしめた。  椎名貴己は怯えたようにキョロキョロと周囲を見て、「わたしにはなにも聞こえんぞ」と言ったが、彼女が話している間も笑い声は途切れず続き、更に彼女の髪がざわざわ、ざわざわと騒いだように見えた。  真晴はしばらくそれに聞き入っていたが、稍(やや)あってクスリと笑った。 「腹話術か。器用だな」 「あ、わかっちゃう?w」と椎名貴己。  御河童が分厚い教科書で椎名貴己の頭頂を力任せにひっ叩(ぱた)き、ずばん、という景気のいい音がした。 「いってぇ!?」痛そう。「何をする!?」と椎名貴己。 「なんだ おまえ、いま 『何をする』と言ったのか」と這って逃げようとする椎名貴己の髪を御河童が踏みつけた。椎名は髪がびんと張り、ぐぇっと叫んで引き戻される。「そうかおまえ何をされたのかわからないのか^^」と御河童の後輩は言って、鬼の形相で凶器を振り上げる。「じゃー分かるまで何発でもくれてやろーじゃねーか!!!」 「待てっ! 話せば分かる!」怯えてヒッと息を呑み、椎名貴己。「わた、わたしはただ冗談で場を和ませようと!」 「面白い冗談だ」と真晴が真顔でフォローした。 「冗談事じゃない!!」いきり立ってお河童頭の娘は真晴を怒鳴り付けるように叫んだ、「鬼はいる!」と。御団子頭の娘が「そう、確かに憑いている」と言継いだ。「私たちは見た」  御玉居は静まり返った。 「これから私たちはどうなるでしょう」ぽつりと、ゆるふわショートボブの娘は言った。 「うーん、椎名君の考えた怪談の鬼が現実になって現れたと言ったね」と真晴。「どうなるのかね、椎名君。君のその、怪談の続きによると」 「本当に知りたいのかね?」椎名貴己はくくくと含み笑って「知って後悔することになるかも知れないぞ」 「やっぱり!」ヒイイイイと悲痛な悲鳴を上げて、御河童頭を掻きむしり、「私たちは皆死ぬんだ!」と叫んだ少女を、 「どうどうハハハ」と貴己はなだめてその腰を妙に嫌らしい手つきで撫でて曰く、「大丈夫だよ、私がついてい「誰のせいだと思ってやがるッ!?」  椎名貴己の眉間に御河童が肘鉄を食らわせて、 「おまえを殺して鬼の餌にしてやろうか!?」  お団子頭が蹴倒し、 「死ね!!」  ゆるふわが繰り返し踏みつけた。 「うわあ」 「しっ、椎名貴己ッ!?」わたしはあわてて割って入った。巻き添えで蹴っ飛ばされてげふっと痛声を上げて、怒ったわたしは三人をひっぱたき突飛ばし怒鳴り付けた。「止めんかこの、やめろ!! ええい離れろ、 控えろっつってんだろ神前をなんと心得やがるこの馬鹿餓鬼ッ!?」  なんとか三人を椎名貴己から引き離すことに成功すると、三人は御玉居の隅で怯えて縮こまり震えだして、おお私たちはどうしたら、怖い、怖くてたまらない、部長を殺せば私たちは助かりますか? 何とかしてください!と泣き言を言った。  君らのほうが怖いよとわたしは内心思ったが、刺激したくないので黙ってた。ぼこぼこにされた椎名貴己が、わたしの腕のなかで弱々しく呻いた。  真晴はうーむと唸って考え込んで、「椎名君と話したい。君たち、悪いけど外してもらえるかい」と告げた。 ※⛩※⛩※⛩※ 「で、どこまでが君の悪戯だ?」齋藤真晴が訊ねた。 「すべてがそうとは言わん」うふっと私の膝を枕に椎名貴己は気持ちの悪い笑い声を漏らした。「菓子を盗み食いしたのは私、髪におもちゃを仕込んでざわざわさせてからかったのも私だが、あとは知らん」 「ひどい部長もいたものだ!」椎名貴己の瘤を擦ってやりながらわたしは言った。「目的はなんだ」 「文学に目的!?」椎名貴己はプピーっ!wと吹き出した。「はーァやれやれッ!!! 君ァ実に野暮だな!! 全く文学に造詣のない俗物はこれだから⋯⋯」 「⋯⋯」わたしは彼女の瘤に爪を立てた。クソバカは犬のようにキャンキャン喚いた。わたしは訊ねた。「文学^^?」 「そ、そうともッ!」 「下らん悪戯で後輩が錯乱するまでおどかすのがか?」 「なっ、何を言う! 下らなくねーし! これほど文学的な営みもねーし!」 「なにいってんだこいつ」 「説明してくれたまえ、椎名くん」 「『文学の極意は怪談である』という言葉を知っているかね?」思わず殴り付けたくなる薄ら笑いを浮かべてクソバカは言った。「恐怖とは霊感※だ! 共有された恐怖体験は文学的営みの最たるものだ。御髪様とはつまるところ恐怖心によって増幅された想像力の産物⋯⋯ あの子達の『作品』なのだよ!」 「ふうむ!」と身を乗り出して、真晴。私は甚だ嫌な予感がした。「そうすると、この怪談の続きとは⋯⋯?」 「知りたいか?」クソバカがくくく、と笑った。「わたしもそれを知りたいんだ。これからあの子達は恐怖に眩んだ目でいったい何を見るのか⋯⋯ あの子達はいま文学的虚構(フィクション)の世界に足を踏み込んでいる!!」 「面白い!」膝を打って感心し真晴は言った。「わたしも混ぜてくれ」 「くっ」私は唇を噛んだ。「まて真晴」慌てて止める、「どうしてあんたがそんなことをしなくちゃならない。こんなのに関わり合いになるの止めようぜ薄気味悪い」 「なんでそんなつまんないこというの?」傷ついた面持ちで真晴は言った。 「退屈な俗物め! けッ!!」クソバカは憎しみを籠めて吐き捨てた。  私はクソバカの頭を膝から叩き落とした。 「痛っ」 「おい!」とわたしは立ち上がり御帳台に向かい、中に手を突っ込んで、真晴の首に腕を回すと、引き寄せて耳に口を寄せて、「首を突っ込むんじゃない。絶対に碌な事にならんぞ」と彼女だけに聞こえる声でたしなめた。 「逆だよあまた」と真晴は私に囁き返した。「放っておくと信仰が集まって、それこそ碌なことにはならん」 「なんだよそれ、どうなると」 「独り歩きする怪談は危険だ」息を潜めて真晴は言った。「こういうものは人に畏れられて力をつける」  私はうすら寒いものを感じた。罪の無い作り話がいつしか人を襲い始めるのは恐怖漫画の定番だ。 「尚更じゃないか 混ざってどうする」 「なに、落ちをつけてやるんだよ。椎名くんが満足できて、あの子達も安心できて、私の位格を高めてくれる、そんな落ちを」 「オチ?」 「落ちだ」  真晴はニチヤア、と笑い、「あなたにも一役買って貰うよ、あまた」とそう言うと、お供え物の桃を一つ取り上げて皮ごとかぶりついた。 ※文学的着想をもたらすものの意。 ※⛩※⛩※⛩※  ところ変わって、文学部の部室。 「よく似合っているよ」巫女装束の私を見て、真晴は言ってニチャア、と笑った。誰かがどこかで私のこの格好を笑っている気がして、私はくっと唇を噛んだ。  齋藤真晴は私から文房具屋さんで買ってきた折り紙のセットを受け取ると、文学部の面々に向き直り、訊ねた。 「ちゃんと準備してきたかい?」 「はい!」と御河童(おかっぱ)の子が一人がクソバカの頭を拳骨で殴って、「言われた通り頂いた水でよく洗いました!」と答えた。 「痛い」 「何本かおくれ」 「わかりました!!」  彼女はクソバカの髪を見もせずにむんずとつかんで ぶちッ!!と引きちぎった。 「ひぎぃっ!」 「うわあ」と齋藤真晴は後輩の手から髪の毛を受けとると、金銀銅の折り紙を机に敷いて、その上に髪の毛を小さな注連縄で結わえて置いた。 「美しい髪だ」真晴は惚れ惚れと言った。  赤い折り紙を手にとって、まずは鳥居の形に折った。 「髪だけではない。君自身の美貌も大変なものだ」  次に機嫌好く鼻唄を歌いながら、灰、茶、白、黒、青などの色紙を器用に折り合わせて5立方センチほどの祠を、そして金銀銅色の折り紙を組み合わせてきらびやかな鏡を折り成した。 「御髪様(髪の字)が君を気に入ったのも道理だ。妖怪変化は美しいものが好きだからな」  髪の毛は鏡の中へと折り込まれ、鏡は祠の中へと納められた。真晴は余った紙で狛犬を折って祠の前に並べ、お供え物に新鮮な桃の実を並べた。  齋藤真晴は神前に部の面々を並べて座らせ、わたしを見ると、 「うんじゃあ、あまた」担いできたバイオリンケースを開けて、祓串(お祓い棒)を取り出してわたしに手渡して、「頼む」と言った。 「うう⋯⋯」  わたしが嫌々受けとると、真晴は次に提琴(バイオリン)を出して、構えた。  わたしはくっと唇を噛んだ。 「本気かよ⋯⋯」と私は言った。 「たまにはいいだろう?」 「いつから練習してない⋯⋯」 「うーん、四ヶ月ぶりくらいかな? 触るの」 「ひえっ⋯⋯」わたしは思わずゾッとして、ゴクリと生唾を飲んだ。「頼むからあんま無様な演奏は勘弁してくれよ⋯⋯」  わたしはハラハラしながら、折り紙の祠に向かう。  真晴は楽器を構えた。  私は深呼吸した。  真晴が調べを奏で始める。  私がそれに歌を乗せる。 「この椎名貴己の御髪(おぐし)に宿りし鬼の子は ・・・」  この椎名貴己の御髪(おぐし)に宿りし鬼の子は  守り神となりてこれに鎮まり給え  齋藤真晴の祓いの歌神楽をもって  その一切の穢れを祓い清らかと成り給え  次に願い申し敬い奉る  これに鎮まります神は  この部室の守りを成し給え  外より、禍をこの部に入れることなかれ  内より、この部の福を漏らし逃すことなかれ  この祠に鎮まります神や  いく久しく、永遠に、清らかであらせ給え ※⛩※⛩※⛩※  真晴の演奏は、なんと言ったものか。  腐っても鯛というか、腐った鯛というか。  恐れていたよりは、マシだった。 「神前に、礼」  私の号令に従って、齋藤真晴を除く一同がまず御髪様の祠に、次に真晴に頭を垂れた。  一仕事終えてホッとして、わたしは面を上げて真晴に目配せする。真晴は満足げに頷いて微笑むと、「宜しい」机の上に胡座を掻いて、宣べる。 「一同楽にして結構。あとは部室を清潔に保ち、たまにお菓子でもお供えすれば悪さはすまい」 「したら?」と私は訊ねた。 「文学部らしく子供の好みそうな創作物でも書いて奉納して機嫌をとるんだな。神前奉納朗読会なんかを開催してもいいな、喜ぶだろう。ご利益もある筈だ」  それを聞いた椎名がクスッと笑って言った、 「増長しそう」 「え?」と真晴。 「餓鬼は大人の弱気につけこむし、甘やかすと付け上がる」  間。 「ふむ」真晴は自分の髪を玩んで言った。「その発想はなかったな・・・ まあそうだな、その時は」真晴は一時(いっとき)考え込んだ。「『悪い子は真晴様に折檻しに来て貰うぞ』と言って脅し、祓串で祠を叩(はた)け。あまた」真晴は私に目配せし、椎名貴己をさして顎でしゃくった。私は察し、祓串を椎名貴己に向かい差し出した。真晴が告げる、「受け取りたまえ椎名くん、君にその祓串を授ける」 「え? 私?」 「そうだ。好かれていて、生みの親でもある、君がやるのがいいだろう」  椎名貴己は受け取った。  それきり御髪様が悪さをしたと言う話は聞かない。 🍑⛩️🍑⛩️🍑⛩️🍑  神が山にキャンプにいこうと言い出した。  全く気は進まなかったが、真晴一人で行かせると山に還りそうで怖くて、渋々ついていくことにした私だったが、重い足を引きずって向かった待ち合わせ場所には既に朝生頼子(会長)と椎名貴己(クソバカ)と文佳音(ボッチ)の姿があった。  わたしは反射的に電柱の影に隠れていた。  クソバカが得意気になにか語って聞かせており、ボッチはやや顔をひきつらせて、会長は感心した面持ちで頷きながら、聴き入っていた。みんなもキャンプに来たのだろうか? 信じられない。なんて物好きな連中なんだ⋯⋯  まあいい。  他はともかく朝生会長がついているのなら遭難の危険はあるまい。これで私までついていく理由はなくなったと考えてそっとその場を離れようとしたその瞬間、わたしは私のすぐ背後⋯⋯ 至近距離に立っていた誰かにぶつかった。  かざされ女の濱中蕭だった。  ヒェッと間抜けな悲鳴が漏れ、飛び上がった拍子に足がもつれた。彼女はすかさず足を踏み出すと私の腰に手を回し、宙を切った私の腕をつかみ、転びそうになったわたしを済んでのところで抱き止めた。 「ご免なさい、源さん」彼女は申し訳なさそうな顔と声で言った。  顔が触れるか触れないかの距離である。 「驚かせてしまって。わたし、」彼女の顔が、「人との距離を測るのが」ずずずずず、とにじりよるように近づいた。「苦手でムぐっ!?」 「すまないがせめて五センチ、いや三センチでいいから距離をとって貰えるかなァァ!?」  右掌でかざされ女の口を塞ぎ押し退けようとする。  ⋯⋯が、びくともしないどころか、ギリギリと近づいて来た。  なにこれ怖い。  「うわっ⋯⋯」不意に、呆れた声がした。声のした方を見ると、私服姿の真晴が立っていた。「なにやってんの君たちこんな天下の公道で」 「まっ、真晴!!」助けろ、そう私が言うより先に、蕭が神様、と呟いて、その馬鹿力が緩んだ。わたしは尻餅をついた。  私を放り出した蕭は真晴の元へ駆けつけて、飛び付いて、ベッタリとまとわりついた。 「どうやら揃っているようだね」真晴はそれを意にも介さず、待っている一同の方を見て手を振って、小さな注連縄をミサンガのように巻いた手を呆然と座り込んだわたしに差し伸べて、助け起こし肩を抱くと言った。 「出発しようじゃないか」 ※⛩※⛩※⛩※  彼女が私たちを導いた先は、電波も届かない山奥の山道を外れたところで半ば藪に埋もれかけた小さな祠だった。  真晴は私たちに祠周りを掃除するよう命じると、自分は御座を敷いてその様子を眺めていた。   「掃除が終わりました」とソロ文(ソロモン)が真晴に報告する。 「ご苦労」 「お供え物を?」とかざされ女が真晴に訊ねる。 「いや、必要ない」  真晴は立ち上がり、祠によじ登って腰掛け、撫でて、言った。 「掃除だけでいい。この祠は空っぽだから」 「空っぽ?」意味がわからなくて、わたしは彼女の言葉を繰り返した。 「そうだ」彼女は言った。「これは私の祠だからだ」 「あなたの祠?」と会長。 「わたしはこの小さな祠に祭られていた神だったんだそうだよ」 「『だそうだよ』?」とクソバカ。「伝聞かい?」 「ああ。母さん聞いたんだ」意味有りげに笑って、真晴は言った。「母さんが言うには、母さんはこの場所で、夢で神様のお告げを聞いて、わたしを授かったんだそうだよ」 ※⛩※⛩※⛩※  私たちは山腹で設営し、焚き火を囲んだ。  素晴らしい星空と夜鳥の薄気味の悪い鳴き声に霊感でも刺激されたのか、「いい雰囲気だね」椎名貴己は言った。 「そう? 僕ちょっと怖いんだけど」と佳音。 「インスピレーションが湧いてくるよ今度文学部のみんなも連れてまた来たいな」 「やめたげなよ」と佳音。 「怪談話したくなるな。実は下調べしてきたんだ。この山には曰くがあってね。その昔⋯⋯」 「おいバカやめろ」と佳音。  懲りないやつだ。今度は何に取り憑かれる気だ? 私は呆れた。  碌な死に方はしないに違いない。  朝生会長がなにかを手元でカリカリとやっていることにふと気づいて、闇に目を凝らしてよく見ると、冊子になにかを書き付けているようだった。 「例の真晴帳ですか?」 「ええ」 「この暗いのによく書けますね」 「平気よ」 「何書いてるんです」 「怪談の内容を書き留めておこうと思って」 「⋯⋯」  呪いの話を聞くまいと耳を塞ぎ悲鳴を上げ泣いて逃げるソロ文を、妖怪かざされ女がニコニコと微笑んで追いかけて捕まえて腕を取って例の怪力でギリギリと耳から掌を引き剥がした。そこにクソバカがのし掛かり、ソロ文がが聞き漏らさないよう耳元に口を寄せておどろおどろしい声音で語り出した。ひでえことしやがる。  勿論呪いとやらを貰いたくないのはわたしも一緒だった。  二人の注意がソロ文に向いている隙に、常日頃からみんなの私を笑う声から精神を守るために常備している耳栓を探してリュックサックを漁っていると、真晴がわたしにそっと寄り添った。  わたしはイライラして押し退ける。  真晴にきゅっと手を握られた。  振り払う。  すると腕をがっしり絡まれた。  振り解こうとして真晴の腕の筋が緊張しているのに気づいてわたしに衝撃走る。 「あんた、怖いのか!?」思わず愕然として囁いた。「神の癖に!?」 「い、いが、意外かい?」 「この夏で一番ビックリしたわ!」 ※⛩※⛩※⛩※  なんでも椎名貴己の怪談の呪いによって私たちはもう二度と下山は叶わず、また一晩に一人ずつ神隠しに遭って消えていく運命にあるらしい。  特に一人で寝ていると狙われやすいとのことだった。 「一緒に寝ろよう!」佳音は泣いてクソバカの肩を掴んで揺さぶった。「責任とれよう!」 「ハハハハいやいや」へらへらと椎名。「悪いけどわたし男に興味ないし」 「クソが! 蕭さん?!」 「セクハラか! 変態がッ!!」蕭はぺっ!!と唾を吐き捨てて、「なんて嫌らしい奴だ⋯⋯ 一人で寝てろ、下衆! ここに電波があれば通報しているところだ!」 「ほう」と佳音。「覚えてろよ貴様ら絶対に許さんからな⋯⋯」  真晴は無言で、心なしか小さくなっていた。ところでそれを見た会長が、もじもじしながら真晴のほうをちらちら窺ってモゴモゴと何か言ったが、タイミング悪く三馬鹿がギャーギャー騒ぐものだから私を含み誰の耳にも届かなかった。 「あまた」真晴は言って、私の裾を引いた。 「あなたは特別だからな。特別に私と寝床を共にするがよい」 「あ、悪いけど私、人と一緒だと眠れないから」 「まあそう言うな」真晴は逃げようとするわたしの腕をがっしりと掴んで言った。「遠慮せず同衾しようぞ選ばれし者よ」  私は真晴が蕭に設営させたテントに引っ張りこまれた。 ※⛩※⛩※⛩※  寝床に潜り込むと、あんたはきゅっと目を瞑って私の胸に顔を埋めた。あんたの心臓がどきどきと跳ねる音がした。 「大丈夫だよあまた」かたかたと震えてあんたは言った。「わたしはこの山の神なんだ。母さんがいってたんだ。わたしといれば安全だからね。わたしが守ってあげるからね」 「お、おう」  あの齋藤真晴とは思えない怯えように、私は呆れるやら情けないやらで反応に困った。  とは言え真晴を神憑りのイカレとしてではなく一人の少女として見るなら、恐れを為すのも無理のない話ではあった。  人を怯えさせることにかけては椎名貴己(クソバカ)の文学的才能は大変なものがあったし、それに夜鳥の不気味な鳴き声と佳音の啜り泣く声がか細げに山に響いて、実際そういう雰囲気は満点である。特に佳音の漢語混じりの恨み節にはなんか恐怖映画の背景歌のような悲惨な迫力があって、思わず胸を締め上げられるようだった。誰か一緒に寝てやれよ。  かわいそうにあんたは小鳥のように震えてて、非常にいい気味だったので、なにか追い討ちで怖い話でもしてやろうかとも思ったが、私はいい奴なのでやめてやる。代わりにあんたの背中を撫でて、 「あんたのお母さんって、どんな人なんだ?」  気をまぎらわせてやりたくて、わたしはあんたに訊ねた。  間があった。 「よく知らないんだ」  歯切れ悪くあんたは言った。 「知らないって、あんた⋯⋯」  呆れて、私は言った。 「私が小さい頃に、死んでしまったから」  わたしは思わず言葉を失って、あんたを抱く腕が強張った。 🍑⛩️🍑⛩️🍑⛩️🍑  私が母についておぼえていることは多くない。  母は幸の薄い人だった。  母は体が弱かった。  母は長くは生きられなかった。  母は死ぬ前に子供が欲しかった。  母は齢十四で私を生んだ。  母は私が物心つく頃には既に死にかけていた。  母は死ぬのをひどく恐れてた。  母は恐怖でおかしくなっていた。  母はよく私を神棚に座らせて私に祈った。  初めてわたしを信仰したのは母だった。  ある春の日に、母は当時五つだった私を連れてここへ参り、祠を掃除して、私を祠に座らせて、私に祈り、語って聞かせた。  母は以前この山で迷い、この祠の前で、白い蛇と出会った。  その蛇が母の胎に潜り込んで、母は私を孕んだのだと。  だから私は山の神なのだ、と。  同じ年の秋、私は母を亡くした。  母は二十歳にもなっていなかった。  あなたの私の抱く腕に力が篭り、痛いほどだった。 「わたしは母の救いとして生まれた」ギリッ、と音を立てて私は歯を軋った。「でも母はもういないから、だから、だからわたしはなんとしても信仰を集めねばならない。私は救いの神だから、そのために生まれたから、だから、ねえあまた あなたは私を信じてくれるよね?」  私は訊ねた  あなたは、私を、信じてくれますか  わたしを信仰してくれますか  わたしをあなたの神様にしてくれますか  祭り崇めてくれますか、と 🍑⛩️🍑⛩️🍑⛩️🍑  誓います、と私は答えた。  果たしてそれが正しいことだったかは分からないけれど、そう答えるのが友達だと思ったのだ。 「もうおやすみ、私の神様。私がそばにいるから、怖くないよ」  私はあんたの額に口づけてあやし、歌った。  この御山に宿りし神の子は  源あまたの子守唄をもって  眠りたまえ 安らぎたまえ  恐れを鎮め安らぎ給え  次に願い申し敬い奉る  どうかこの源許多(あまた)を守り給い 幸(さきわ)え給え  いつまでも、私のそばにありたまえ  私に特別な加護を与えたまえ  この天幕(テント)に鎮まります神や  いく久しく、永遠に、我が友であらせ給え
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