赤い一等星

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いつか、親父が俺を近くの丘に連れて行った事があった。丘の上の広い草原にごろりと寝転ぶと、俺にも寝てみろと言った。俺は、親父の近くで仰向けになった。 「(まもる)、ここからあの星までどれくらい離れてると思う?」 と、親父は少し橙色に輝く星を指して聞いた。 「分からない」 「約619.7光年、まぁ、1光年が地球7周半くらいだから、約5500兆キロだ」 当時の俺には、いや、今でも正直ぴんと来ないが、首をかしげる俺を見て、親父は笑って続けた。 「とにかく、あそこに行くには、100回死んでも足りないくらいだって事だ。物凄く遠いんだぞ」 「へぇ」 「あれも、あれも。月だってそうだ。つまり、宇宙は広いんだ」 具体的な数字や、どのくらい離れているのかは分からなかったが、とにかく目の前に降っているような星が、やたら遠くに感じた。 「地球ってのは、そんな広い宇宙の中のちっぽけな惑星だ。そして俺達は、そのちっぽけな地球に暮らす、ちっぽけな生き物だ。だからな、どんなに辛い事も、苦しい事も、悩み事も、宇宙から見れば意外とちっぽけなもんだ。だから、苦しくなったら空見てみろ」 「うん」 「それにな、あの星も月も空には一個だけだ。それに、それは誰でも見れる。でも、案外見てない奴が多い。だから、まぁそうだなぁ、おんなじの見てる奴がいたら、何かの縁があるのかもな」 「ふぅん」 その後、何を話したのかはあまり覚えていない。恐らく、学校の事や家の事を話したのだと思う。暫くして俺は親父と家路に着いた。 親父が亡くなる、半年前の事だった。
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