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「申し訳ない。折角あの店に並んでいたのに連れ出してしまって……」
女は、そう言うと頭を下げた。俺は慌てて応えた。
「いえいえ、むしろありがとうございます。私も正直、あそこにいるの嫌だったので」
女は困った様に笑うと、俺の後ろあたりを見て顔色を変えた。
「うわっ、来た」
「探しましたよ、照葉和尚」
と、背後からは黒い着物を着た男が現れた。照葉と呼ばれた女は苦い顔をして、俺に一礼して去ろうとした。
「あの、お礼にコーヒーでも……」
「いえ、いつかの恩が返せたので良かったです」
と目を細めて笑う照葉を見て、俺はあの日のおっちょこちょいを思い出した。あの様な真似をするから、考えの足りない若い男達に嫌がらせされたのだろうと思うと。このお節介焼きのおっちょこちょいが、なんだか少し気になっていた。
俺は、一つだけ照葉に質問をした。
「あの日の夜、橙色っぽいんですけど、赤い星を見ましたか?」
照葉は、少し考えると応えた。
「あぁ、真上にあったやつは見ました」
彼女とは、そこで別れた。
翌週、何の約束もしていないのに、また照葉と会った。その日は連絡先を交換して、いつかの喫茶店に行って別れた。
その後も何度か彼女に会った。
そして、彼女に会えない間、俺の頭の中に彼女が出てくる様になった。
それから数ヶ月後、いつかの丘に照葉と行った。そして同じ月を二人で眺めた。
ふと左側に人の気配がして振り向くと、そこには誰もいなかった。が、小さく秋風に乗って。
「よかったな」
という親父の声がした。俺は空を見ながら、一つ頷いた。
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