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「なーちゃん、なーちゃん。私、ね、好き、好きだよ、なーちゃんのこと。なーちゃんと居れて本当に楽しい」
春風琥珀が更家七に手を重ねる。七の右手を琥珀は両手で覆い尽くし、いつもの通り擦れない思いを七に伝えた。
「ありがと、コハク。私も大好き」
扉を隔てた廊下の喧騒を背景に置き、保健室に登校する2人は見つめ合う。
七は、琥珀と同様にここ小倉北中学校の保険室が好きだった。
薄く広がる消毒液の匂い。乾いた血色を補うような薄緑色の壁紙とシーツ。そんな優しい薄緑にはわたぐもが二つ掛かっている。
その片方、奥の方のベッドに腰掛け2人は誰にも邪魔されず互いを肯定し合う。
春風琥珀の栗色の髪は肩にかかる長さのセミロング。不精に伸びた前髪は常に琥珀の目を隠す。猫背で俯き加減、加えてボソボソ喋る琥珀の佇まいは得てして軽い不快感を与えてしまう。中学校に入ってから2年間、彼女は七以外の生徒とほとんど目を合わせることなく過ごしてきた。
そんな琥珀とは対照的に、更家七の表情は自信に満ち溢れている。同世代の女子に比べると遥かに高いその身長は、七にとってコンプレックスの一つ。だが、七はその長身を低く見せようとはせず、歩くときも胸を張り長い黒髪を靡かせる。今年で最終学年になる七だが、入学当初から上の学年、同級生、担任、親に何を言われようとも歯を食いしばり気高い態度を崩さなかった。
そんな正反対な2人、琥珀と七は保険室で本音をさらけ出す。それはここだから出来ることだった。
目が届かない程広いかと思えば息がつまるほど狭くもなる教室と違って、この保健室は丁度いい。外れものが外れもののままで安らげる一無二の安息地帯。
「あの、あの」
続く琥珀の言葉はチャイムの音に掻き消された。
時刻は十四時三十分、保険室の外では六時間目が始まっていた。
「授業の時間始まったね。どうする?プリントやる?」
琥珀の両手からするりと七の右手が抜ける。七はベッドから腰を上げ、スカートの裾を引っ張りシワを伸ばした。
「うん、うん」
琥珀も釣られて立ち上がり、七とパーテーションに仕切られた勉強机へ向かった。
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