ちょうどいい

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ちょうどいい

 青だ。  一斉に歩み出す人々につられるようにして一歩目を踏み出した僕は、人ごみに紛れ、対岸を目指した。  ここはスクランブル交差点。この領域内は歩行者と自動車の通行が完全に分離されるため、青信号の間は人にとっての絶対領域となる。  スクランブル単体だと、争奪とか、混戦といった、争いあうような意味合いになってしまうけど、二つ以上の道が重なり合う意味で用いられる交差点という単語と交わることで、意味合いはかなり変わってくる。  渡り出してから、色々な人とすれ違った。家族や友達といった、何人かで話しながら進む人、一人で音楽を聴きながら進む人、全速力で駆け抜けて行く人。 色々な人が、色々な人生を経て、たまたま同じ時間に、同じ横断歩道を渡り、近付き、すれ違い、また離れていく。  なんて、希薄な関係なんだろう。  それはそうか。すれ違っただけで、話したこともなければ、顔も合わせず、すれ違うだけなのだから。 だからかな、これだけたくさんの人がいても、一人に感じてしまう。  大人になると、表面上では親しいふりをして、たくさんの薄い関係を築く。 ふと、そんなのに似てると、考える僕こそが薄っぺらいのだろうか。  信号機が点滅し始めた。  知らない人同士とはいえ、この時ばかりは息ぴったりに少しだけ急ぎ足になる。 人ごみを形作っていた人達は、散り散りとなり、もう人ごみとは呼べないほどに少なくなった。  なぜだろう。夕方に街に流れていた音楽が頭をよぎる。  子供の頃は良かった。裏表なく、友達と疲れ果てるまで遊び尽くし、家に帰るとおいしいご飯が待っている。そんな毎日が今では懐かしい。  同じ空間を共有した人達とは、もうすれ違うことがないだろうし、すれ違ったところで、顔を覚えてはいないだろう。 ただ、それだけの関係だというのに、中途半端な絆と比べると、心地良さすら覚える。  やがて、横断歩道を渡りきった僕は、反転して、また信号が変わるのを待つことにした。歩んできた道を見直すために。  そうしてまた、僕は人ごみに紛れる。
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