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3 優樹
お盆の間、部活がなかったので優樹は朝から母の緋紗と一緒にペンションにやってきた。父の直樹は買い換えたパソコンのセットアップをするらしい。緋紗は陶芸教室が休みなので自分の作品を作るといってアトリエにこもった。
優樹は和夫についてペンションの雑用をこなしていく。
「じゃあ優樹、客室の掃除頼むよ。慌てなくていいから丁寧にな」
「うん」
「午後からは和奏と一緒にディナーの手伝いな」
「了解」
「優樹が来てくれて助かるよ。俺も最近、歳だからなあ」
豊かな銀髪を撫でつけながら目じりを下げ、嬉しそうに言う和夫に優樹は元気よく答えた。
「俺、このペンション好きなんだ。将来ここで働いてもいいよ」
「お? そりゃ頼もしいな。まあここは優樹の別荘みたいなものかもな」
ますます嬉しそうに、和夫は優樹の頭を撫でながら厨房へ向かって行った。優樹はなんとなく飛び出した『ここで働いてもいい』という言葉に改めて自分で考えてみた。
(ほんと、ここで働けたらいいよなあ)
まだまだ高校一年生になったばかりなので、具体的な進路を考えたことはなかった。直樹も緋紗も好きな道に進めばいいと言ってくれる。両親のことを見ていると好きなことを仕事にすることがとても大切だとは子供のころから感じていた。二人とも仕事が好きなのだろう。
肉体的にも精神的にも楽には見えないが、未だに向上心が見て取れる。決して経済的には豊かではないのに満ち足りているような二人だった。
(俺の好きなことって何だろうなあ)
優樹にはこれといって好きだと思うことはなく、これがしたいという強い希望もなかった。しいて言えば人とわいわい仲良く楽しく過ごす中で、自分を必要とされることが嬉しかった。サッカー部でも従兄の孝太のようにシュートを決めに行くスター選手ではなく、チームワークを大事にしサポートして和ませるようなムードメーカの様な位置だ。
付き合っている彼女からほんとに自分のことを好きなのか?と問い詰められたことを思い出した。もちろん『好きだ』と答えたがきっと彼女が優樹を求めたから応じてしまったように感じる。
ふうっと大きな息を吐いて、客室の取り換えた全てのシーツをかごに入れて運んだ。
(俺は穏やかに心地よく笑って過ごしたいんだよなあ)
なんだか年寄りくさい気がしたが、心からそう思っている優樹は後で和奏に相談してみようと思った。
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