天国は近い

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 たしかに好きだっていったのは自分で。  それに応えてくれたのはおまえ。  天にも昇りそうなくらいうれしかったのは事実で。  死んでもいいって思うくらいしあわせだった。  いや、実際死にたくはないんだけど・・・・。  それでも不安なんてものはいつでもツキモノで。  もしかしたら片想いのときのほうがラクだったんじゃないかって。  不謹慎ながらそう思う。  不満があるわけじゃなくて、ただしあわせすぎて、恐い。  そんなことを思ってるなんて、おまえは知らないだろう? 「なぁ、なんで俺とつきあってんの?」 「は?」  放課後の教室。  下校時刻を過ぎたこの時間に、ここにいるのは自分たちふたりだけ。  なにをするわけでもなく、ただぼんやりと雑誌なんか捲ってる最中のセリフにしては、あまりのも突拍子もない質問だったのだろうか。  泰は口をぽかんと開けて固まっている。  はっきりいって男前台無しの顔。 「・・・・なに?急に」  やっと我に返ったのか、泰はわけがわからないかのように首を傾げている。  そりゃそうだろう。  散々好きだといっておきながら、泰がそれに応えてくれた途端、「なんで?」なんて、自分でもおかしいと思う。  そんなことはわかっている。  けど・・・・。  両想いだってわかった途端、不安になった。  うれしすぎて、不安になった。  本当は泰は自分のことなんか好きじゃないんじゃないか、とか。  やさしい泰はつきまとう自分を突き放すことができなかっただけじゃないのか、とか。  本当は他に好きなコがいるんじゃないか、とか・・・・。  考えるだけで涙が出そうになるようなことなのに、なぜか考えてしまう。  もしかしたら、これは夢で、いまのこの関係も近い未来あっけなく壊れてしまうんではないかって。  もちろんそんなこと望んでいるわけじゃない。  それなのに、なぜか考えてしまう。  しあわせなのに、不安だなんて、どうかしている。 「啓太」  静まり返った教室に響いた低い泰の声に、おもわず顔を上げた。  泰はなんとも複雑な表情をしていて、どちらかというとちょっと怒ったときの顔。 「なんでそんなこと訊くの?」 「・・・・」  逆に問い詰められて、おもわず眼を伏せた。  だってそんなこといえない。  不安だなんて、いえない。  これじゃまるで泰を信用していないみたいだ。  ぱさり、と雑誌を閉じる音が聞こえる。  完全に怒らせたのだろうか。  おそるおそる視線を上げると、泰はどこか寂しそうな顔をしていて。  その表情に驚くと同時に、泰が口を開いた。 「・・・・俺のこと、嫌になった?」 「え・・・・?」  とてもじゃないがいつも強気の泰のセリフとは思えなくて、そのギャップにおもわず眼を丸くした。  泰は少し困ったように首を傾げて、それでもやっぱり表情は寂しそうで。  自分がそんな顔をさせているのかと思ったら、とてつもなく悲しくなってきて。  勢いに任せて、眼の前にある泰の腕を掴んだ。 「ちがう・・・・っ」 「え?」 「嫌になるわけないじゃんっ。すげー・・・・好きだし・・・・っ」 「・・・・」  散々いってきたセリフだけど、なんだかまともに顔を見ることができなくて、おもわず眼を伏せた。  不意に伸びてきた腕が頬を掠めて、宥めるように頭を叩かれた。  ゆっくりと視線を上げると、にこりとやさしく微笑んだ泰と眼があって、一瞬で顔が赤くなる。  それは自分が惚れた泰の笑顔で。  頭に置かれた手から伝わる体温に、ますます顔の温度が上昇してくる。 「よかった」 「え?」  安堵したように呟かれたセリフに首を傾げると、泰は苦笑しながら肩を竦めた。 「突然変なこといってくるから、もう俺とつきあうの嫌になったのかと思った」 「まさか!そんなことありえないっ」 「じゃあ、なんであんなこと訊いたのさ?」 「それは・・・・」  おもわず口篭って視線を逸らす。  しかし泰がそれを追うように顔を覗き込んでくるものだから眼をあわせないわけにはいかない。  弄ぶように髪の毛をいじられて、それだけで心臓が破裂しそうだ。 「けーいた?」 「・・・・んだ」 「ん?」 「・・・・不安、なんだ」 「え?」 「泰とつきあえてすごくうれしいのに・・・・不安なんだ。ホントは迷惑かけてるんじゃないか、とか・・・・俺とつきあうの、ホントは嫌なんじゃないかとか・・・・いろいろ考えちゃって・・・・」 「・・・・」 「泰のことすごく好きなのに、いますごくしあわせなのに・・・・そんなふうに考えるの間違ってるってわかってるんだけど・・・・なんか、不安なんだ・・・・」  いってしまって、堪らず顔を背けた。  怒っているだろうか・・・・いや、怒っているはず。  だってこんなの泰のことを信用していないっていっているのと同じこと。  でも不安に不安が溜まりすぎて、いわずにはいられなかった。  後悔、してももう遅い。  愛想つかされるだろうか・・・・。  じわりと視界が潤んできて、唇をきゅっと噛み締める。 「・・・・啓太」  名前を呼ばれると同時に、頬があたたかいもので包まれた。  驚いて顔を上げると、視線の先はしあわせそうに笑う泰の顔で・・・・。  心臓がひときわ大きく鳴った。 「一緒」 「え」 「俺も同じこと考えてた」 「え・・・・泰が?」 「そ。いつ啓太に捨てられるか、ってすげぇ不安」 「・・・・俺がそんなことするはずない」  口を尖らせると、泰は小さく笑った。 「同じことだよ、啓太」 「え?」 「俺は啓太と一緒にいれてすげぇしあわせなんだ。でもその反面、いまがしあわせすぎてすごく恐い。もしかしてこれは夢で、眼が覚めたら啓太にあっけなく振られちゃうんじゃないか、とか・・・・バカみたいなこと考えてビクビクしてる」 「・・・・」 「な?同じだろ?」 「・・・・うん」  頷くと、泰はにこりと微笑んで、啓太の頬をやさしく撫でた。  ダイレクトに伝わる熱と、変わらない泰のやさしさに視界が再び潤みだす。  それを察したのか、泰の手が後頭部に回り、引き寄せられるまま、泰の肩口に顔を埋める。  ぽんぽんと、宥めるように頭を叩かれ、それだけで本当に涙が零れそうになった。 「大丈夫だよ。俺、啓太のことすっげー好きだから」 「・・・・」 「そんなことで不安になんなくていいよ。全然迷惑じゃないし、全然嫌じゃない。むしろその逆。啓太が好きっていってくれたことが俺はすごくうれしいんだ」 「・・・・」 「だから、な?安心してな?」 「・・・・うん・・・・」  やっとの思いで搾り出した声は蚊の鳴くような小さな声で、まるで自分の声じゃないみたいだ。  堪らず泰の背中に手を回すと、その倍の力で強く抱きしめられた。 「はぁ~・・・・よかった」 「え?」  自分を抱きしめながら、泰が安堵にも似た深いため息を吐いた。  少し身体を起こして首を傾げると、泰は肩を竦めて苦笑を洩らした。 「俺もさ、ホント不安だったんだよ。だからこうやって改めて啓太の気持ちを知ることができてうれしい」  元の男前はどこへやら。  へらりと笑った泰ははっきりいって色惚け状態のだらしない顔で。  それでもその顔を自分がさせていると思ったら、ちょっとした優越感。  相変わらず泰は「よかった」を繰り返しながら、自分を抱きしめてくる。  不安を募らせていたのは自分だけじゃなかったんだな。  そう思ったら、なんだか笑えてきた。  なんだかんだいっても両想いのほうがしあわせだ。  不安なのは好きだから。  好きだから、不安なんだ。  当たり前のことをやっとわかった。  わかったら、やっぱり笑えてきた。  泰の肩に頭を擦りつけながら、背に回した腕に力を込めた。  すると、やっぱりそれ以上の力で強く抱きしめられた。  うれしくて、しあわせで、今度は笑いながら泣きそうになった。  泰はどこまでもやさしくて。  伝わる熱はどこまでもあたたかくて。  今度こそ天に昇りそうなくらい。  死にたくないくせに、性懲りもなく死んでもいい、って思った。
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