死がふたりを結ぶまで

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「上様!お待ちください、その様に歩かれては上様が濡れてしまいます!」 先ほどより強くなった雨は廊下の中辺りまで振り込んでいるが、藤定は構うことなく歩いていく。 制止も無視され、宗近はただ後を追うしかなかった。 「……上様?」 部屋の前まで来て、藤定はようやく立ち止まった。 「のう、長尾岨よ。わしは……間違っていたか。」 静かに問いかける藤定の表情は、前を向いているため宗近には分からなかった。 「答えよ、宗近。」 「……っ!」 藤定が宗近を名前で呼ぶ時は相当に機嫌がいいか余程余裕が無い時だけだ。宗近は息を呑むと、どう答えるべきかと悩んだ。 藤定の考えは間違っていない。民を想うなら争いなど無くなるべきだ。しかし上手くいっていないのも事実。それはきっと藤定本人も気付いているのだろう。この問い掛けも、あるいは宗近に否定して欲しいからなのかもしれなかった。誰からも認められない理想を語るのは愚かだと、間違っているのだと────他でもない宗近に。 「──上様は間違ってなどおりません。貴方様の考えこそが、この国を救う唯一の手立てにございます。」 だが、宗近はあえて肯定した。否定することを藤定は望んでいるのかもしれない。しかし、それでは藤定が掲げる理想の国を創ることは出来ない。一国の主である以上、他からの意見に流され自分を曲げるなどあってはならないのだ。 一度決めたことを覆すなど容易にできるものでは無い。表向きの政局は良好であるはずが、民の心はどんどん離れいく。己が下した沙汰は、じわじわと藤定を追い詰めているのだ。幼い頃から藤定に仕え、藤定の考えを一番に理解出来ているのは自分であるという自信が宗近にはあった。だからこそ全てを背負い苦しんでいる藤定を支え、救いたいと心から願うのだが、宗近にはどうすればいいのかいくら考えてもわからないのだ。 だからせめて、 「私はどんなことがあろうとも、上様に最後までついて行く所存にございます。」 自分だけは離れぬと、裏切ったりはしないと。気休めにもならない誓いを口にする。 「…………そうか。ならばこれからも、よろしく頼むぞ。」 力無く笑い、自室の襖の奥へと入っていく藤定に、このまま消えてしまいそうだと宗近は思った。 「上様…っ。」 するとその瞬間、腕を捕まれ部屋の中へと連れ込まれた。 「上様、なにを…」 思わず声を上げてしまう。迂闊に動けなくなってしまった。自分より一回り小さい、華奢な体が今、宗近の腕の中に居るのだ。 「今だけ……今だけじゃ…、暫くこのまま…──。」 その声は震えていて。髪から落ちる雨の雫は、泣いているかのように思わせた。 宗近は目を閉じ、そっと襖を閉める。 ただでさえ分厚い雲に遮られていた光はさらに暗さを増して、部屋の中の闇を濃くした。 今だけ、今だけだ───と、自分にも言い聞かせるように。宗近は藤定の背に手を回した。 ひくりと揺れる肩はやはり冷えていて。せめて温かくなるまでと、宗近は藤定を抱く腕に力を込めた。
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