死がふたりを結ぶまで

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「上様。長尾岨、ここに。」 「あぁ、入れ。」 藤定の声に、中に入る。顔は伏せたままだ。急な呼び出しに心当たりがない宗近は、知らぬ間に粗相でもあっただろうかと考えてみる。 「面をあげよ、長尾岨。」 許しを得て顔を上げる。少し離れた所に座る藤定の表情は口元に当てた扇のせいであまりよく見えないが、どこか憂いがあるように思えた。 「長尾岨よ、近頃の民の様子はどうじゃ?」 暫くの沈黙の後、藤定から発せられた問いに宗近は虚をつかれた。意外というわけではない、藤定は日頃から民や国の様子を気にかけているのだが、そういったことは全て佐久間に聞いている。宗近に尋ねることはまずないのだ。 「民の様子、ですか……?」 「そうじゃ。」 宗近は少し悩む。勿論国の現状は常に耳に入るようにはしているが、普段佐久間がどう言った所まで話すのか検討がつかないからだ。ここで考え無しに余計なことを言えば佐久間にも迷惑がかかる。しかし、藤定の問いには出来るだけ応えたい。 「財政は上様がお治めされてから変わらず安定しています。町も賑わっているようで、他国との貿易も順調なようです。」 「問題は無いか。」 「捨て子の数が減りません。近頃では施設の前に捨てられることが増えてるそうで、赤子だけという訳でも無いようです。」 「そうか…他に、なにか目立ったことはないか?」 「他、ですか。」 先を促す藤定は別に気になることがあるらしい。確かにこれらのことはもう藤定の耳に入っているだろう。宗近は藤定が何を求めているのか見極めようとした。まさか由苑のことは佐久間も話しいてはいないだろうが、聡い藤定のことだ。何かに気づいているのかもしれない。だがまだ知られる訳にはいかない。 「申し訳ございません、これ以上のことは…佐久間殿の方が詳しいかと。」 宗近は役に立たず申し訳ないといった風に返した。 「そうじゃな。すまぬ…ちと気になってのう、佐久間が忙しそうにしておったでな。」 藤定は物言いたげだったが、宗近がもう何も言わないだろうと分かると、パチンと扇を閉じて改めて宗近に向き直った。
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