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「長尾岨よ、近う。」
藤定が呼べば宗近は「はっ」と返事をして近寄ってくる。
「なんでございましょう?」
藤定が何も言わずじっと見つめていると、沈黙に耐えられなかったのか宗近が声を上げる。
それを無視して更に見つめれば、宗近は困ったように眉を下げつつも藤定を真っ直ぐ見つめ返す。その真面目さが可愛くて、藤定はふっと頬を緩ませた。もっと困るのだろうと思いながら、からかうように、だが心から、藤定は宗近に問い掛けた。
「おぬしはわしのことをどう思うておるのじゃ?」
大きく見開かれた目には、緊張と少しの動揺が。
「…………。」
宗近は答えられないようで、さっと目を逸らした。ここで、尊敬しているだとか敬愛しているだとか適当に流せばいいものを、変に素直な宗近にはそれが出来ない。そんな真面目さが好きなのだが、真面目が故に上手く立ち回れていないのだと藤定は思う。だから自分に付け込まれるのだと。
「答えられぬか、ほんにおぬしは愛いのう。そういった所が好きなのじゃ。」
「……!」
面白いように揺れる瞳に、藤定は何故か泣きたくなった。
「……………お戯れを、上様。」
宗近は逸らした目を何とか藤定に戻し答えたが、その声は掠れていた。
(戯れ……そうじゃな、これは戯れじゃ…───)
この時間も、この問い掛けも、この想いも。本気にしてはいけないのだ。引き返しのきく一時の戯れでなければ。
冗談だと笑おうとすれば、それを見た宗近が更に顔を歪ませた。どうやら上手く笑えていないらしい。
あぁ、違うのだ。そんな顔が見たかった訳では無いのに───。
「なんじゃ、つれないのう。わしの後を着いて回っていたあの可愛いお小夜はどこにいったのか。」
「……その名で呼ぶのはおやめ下さい。私はもう元服してから随分経っているのですよ。」
誤魔化すようにからかえば、それに応えるように宗近は少し拗ねたような態度をみせた。
戻った。もう大丈夫だ。先程までの空気を脱したことに、宗近も安堵しているだろう。きっと、誤魔化すためにからかったのだと気付いているだろうから。こんなにも互いの気持ちは通じているのに、想いを口に出すことさえ許されないのは何故なのだろうか。こうやって、冗談にするしかないのは。込み上げそうになる涙を抑えるために、藤定はまた宗近を見つめた。
(あぁ、せめて………この時がもう少しでも続けば…────)
誰にともなく願うしかなかった。
だがそれさえも、そう長くは続かなかったのだ。
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