16人が本棚に入れています
本棚に追加
「───皆の者、用意は良いか!これより由苑の侵略を阻止すべく、進軍する!目的はただ一つ、我楽を死守するのじゃ!!」
藤定の力強い宣言に応えるように、おぉぉ!!!という地鳴りにも似た唸り声が響いた。それを合図と軍が進み始める。いよいよ戦が始まったのだ。
「はぁっ!」
「ぐぅ…っ!かはっ、何故こんなに強いのだ、我楽の当主は戦を知らぬはずではなかったのか…っ!」
進軍して暫く、前方に由苑の軍が見えると法螺貝の音を合図に戦いの火蓋が切って落とされた。
我楽軍二万三千という小国にしては中々の数にも関わらず、由苑軍側は五万。その差は圧倒的だった。
「誇れることではないが、先代までの我楽を知らんわけではあるまい。──一通りの武術は叩き込まれている。」
(しかし、このままでは子供騙しにもならんがな……っ───)
藤定は戦術と土地の利を駆使しなんとか由苑の進軍を阻んでいたが、人数の差にはやはり敵わず徐々に押されつつあった。確かに先代である父から武術は教えられていたが、藤定自身得意な訳ではなかった。ましてやこれが初陣である、突破されるのも時間の問題だった。
敵軍を退けつつ、木々の多い林の方へと進んでいく。見晴らしが悪く刀を振るい辛くなるが、土地勘がある分こちらが有利だ。
そうしているうちにも周りの兵は次々と倒れていく。どれほどの犠牲が出たのか、藤定はやり場のない憤りに奥歯を噛み締めた。
ガサッ──
「っ!」
音のした方に刀を構える。気が付けば周りには敵も味方もいなかった、油断していたか。
「ひっ……き、きらないで…っ」
(っ!?子供……!?)
そこから出てきたのは十もいかない程の子供だった。不測の事態に藤定は一瞬固まった。まさか捨て子だろうか。最近は赤子だけではないと宗近も言っていた、それはこういう事か。それにしてもこんな場所にまで来て捨てるとは。
刀を下ろして近付こうとした時、子供の後ろに敵兵が現れた。子供に斬り掛かろうとしている。
「────っっ!」
藤定は咄嗟に子供を庇い前に出た。
(上様っ───!!)
宗近は妙な胸騒ぎに、藤定が戦っているであろう方向を見た。
宗近が守る東方には敵軍が殆ど来なかった為、兵をさらに分けて佐久間の隊の援護をしていた。
「宗近!どうした、気を抜いていると殺られるぞ!」
動きが止まった宗近に、佐久間が声を掛ける。
「上様は無事なのですか!?」
「何か気になることでも?」
「胸騒ぎがするのです。杞憂であればいいのですが…っ。」
「………宗近、上様の元に向かい上様をお護りしろ。」
宗近の思い詰めたような顔に思う所があったのか、佐久間は藤定の元へ行くよう言った。
「しかし、」
「行け、俺が許す!」
「っ、ありがとうございます!」
宗近は佐久間に一礼すると藤定の元へと馬を走らせた。
佐久間は宗近の後ろ姿を見送りながら、戦前の藤定との会話を思い出していた。
───
『上様、準備が整いました。』
『うむ、ご苦労。』
『はっ。……しかし、上様。差し出がましいのを重々承知で申し上げます。これで……真によろしかったのでしょうか。』
佐久間の問い掛けに藤定は、暫く言葉を選ぶかのように目を閉じた。
『………おぬしらには、ほんにすまないと思うておる。わしの身勝手な事情で命を懸けてくれと言っているのじゃから。』
『そのような意味で申した訳ではっ──!』
予想外の謝罪に、佐久間は慌てて否定する。
『いや、謝って済むことではないと分かっておるが言わせてくれ。今回の事態はわしの力量の無さが招いたことだ。此度の戦───我楽は負けるだろう。』
『……!』
藤定の言葉に息を呑む。
『武力を誇っていた時代があったとはいえ、それも昔のこと。今の我楽では由苑には敵わんだろう。わしの命一つで済むなら喜んで差し出そう、だがそれでは収まらんのだ。……どうか、わしに力を貸してくれ。』
苦しげに歪められた顔に佐久間は、藤定は全てを考えた上で決断したのだと改めて思い知らされた。
───
藤定の覚悟も、宗近の願いも、
知ってしまった佐久間にはただ何事もないよう祈るしかなった。
最初のコメントを投稿しよう!