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第1話 それが、お前の敵の名前だ
聖陵女子学園高等部の二年生、如月美衣紗がその存在に気がついたのは、学園の帰り道に寄った本屋の中だった。最初は、雑誌を立ち読みしている自分を、誰かが注視しているのかと思った。店員さんに、万引きをするとでも疑われちゃったのかなあ。そう思った如月は、だからすぐに本屋を出た。雑誌は欲しかったが、小遣いは大事にしたいので我慢した。
腕時計を見ると、もうすぐ19時。まだそんなに暗くないのは、夏が近いからだ。如月は半袖の白いセーラー服を着ているのだが、それでも少し暑さを感じるくらいの気温だった。
赤いリュックを背負った如月は本屋から商店街を抜けて、地下鉄の駅へと向かう。その途中、ドラッグストアにも寄った。そしてその店内で商品を選んでいる時に、誰かがついて来ていることを確信した。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
すでに手に持っていたリップクリームの代金を払うと、レジの女性店員がそう声をかけてくれた。如月は、大丈夫です、とだけ答えて急いで店を出る。
誰かが、後ろからついて来ていた。
それも明らかに、悪意を抱いた存在が。
早足で商店街を歩く。地下鉄へと続くエスカレーターの右側を、周りに非難の目で見られながらも駆け下りる。改札を抜けた時、鼓動は激しく息は荒かったが、身体は震えるほど冷たかった。偶然、すぐにホームに現れた電車に飛び乗る。
もう大丈夫だよね。
そう信じたかったが、恐怖感は一向に消えない。私、気にしすぎだなあ。ひょっとしたら全部、勘違いかも知れないよね。それでもドアの近くが何だか怖くて、如月はやや混雑している電車の中を、真ん中ほどに進んだ。つり革を握る手が、いつもより明らかに青白い。
嫌!
やはりいる。誰かが、まだついて来ている。
電車の中まで追ってくるなんて、これは尋常じゃない。
こちらをじっと、気持ち悪い目で見ているのがわかった。
如月はなぜか、昔から人の視線に敏感だった。それは自分がハーフで髪の色が茶色く、幼少期から人にじろじろ見られることが多かったからだと、本人は思っている。血の匂いにもひどく敏感で、身体が熱く興奮してしまう理由まではわからなかったけれど。
如月は、怖くてドアの方を見られない。つり革に両手でぶら下がるようにしているが、足から不意に力が抜けて倒れてしまいそうだ。
「大丈夫か?」
そう声をかけられて顔を上げると、目の前に驚くほどの美人が立っていた。銀色の短髪に、水色の瞳。肌は雪のように白い。ぴったりとした黒革のズボンに、同じく黒革のジャケットを来ている。背はモデルでも羨むくらいに高くて、その身体は細い。
大丈夫です、と答えるべきか、素直に、助けて下さいと言うべきなのかと逡巡していると、驚いたことにその女性は如月の背に右手を回し、その胸に抱きしめた。
「私が守ってやる。安心しろ」
その美人は、ドアの方を睨みながら言った。如月は小さく頷く。その美人の身体が、とても筋肉質なのがわかった。胸はあまり大きくない。如月はほっとして、その腕の中で泣き出しそうになった。
電車は各駅に止まりながら進み、如月が降りる駅に到着した。
「ありがとうございました」
やっとそれだけ言うと、その美人は如月の顔を見ないまま頷き、手をつかんで一緒に電車を降りた。
「もう追っては来ない。それでも寄り道せず、急いで帰れ」
去って行く電車を睨んだまま、美人はそう言った。
如月は、深く頭を下げる。
「助かりました。あれは変質者ですか? 本当に嫌になっちゃう」
「変質者、じゃない」
その美人は、やっと如月の目を見た。水色の瞳の中に、魂が吸い込まれてしまう気がした。
「ディーハーティーク」
「え?」
身体が、ぞくりとした。
「覚えておけ」
異国の美人は言う。
「それが、お前の敵の名前だ」
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