第5話 皇歌織

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第5話 皇歌織

「私はなぜ、エル=シャリーナ姫様に従わなければいけないのでしょうか?」  場所は聖陵女子学園高等部の広い食堂である。  細長い白いテーブルが、何列も並んでいた。壁のひとつは食べ物の受け渡しカウンターになっていて、その向こうには割烹着姿の年配の女性達がいる。もう夕方で昼食時の混雑はとうに過ぎているからその人数は少ないが、みなが集まって如月たちふたりを見て、ひそひそと話をしていた。  もっとも彼女たちだけではない。食堂にいる女生徒たちが、みな如月たちを見ている。どう話が伝わったものか、部活の途中だと思われる者までが食堂に押しかけていた。  彼女たちが小声で囁きながら見ているのは、もちろん如月ではない。流れる金色の髪に、緑の瞳を持った異国の少女だ。  如月の目の前に座る、その麗しい姫君は、銀色の細長いスプーンで優雅にバナナパフェを食べていた。薄赤い唇に、小さくすくわれた白いクリームをそっと運んでいる。  その手を休めて、如月と同じくファーミューン語で答えた。 「私が姫で、お前は奴隷だからだ」 「どうして私は奴隷なのでしょうか? 私にも拒否権はありますよね?」 「ない」  ばっさりだ! 「将来、ファムンフォア聖王国に行きたいと思ってるんだろ? 私に逆らうと、入国した途端に刑務所行きで、即死刑だな」  酷すぎる! 「だから、お前に拒否はできない。違うか?」 「ううう、その通りのようです」 「あと」  エル=シャリーナ姫は、にっこりと笑いながら、人差し指を横に振った。 「私をオルフィーナと呼べ。間違える度に、指を一本ずつ折るからな」 「……はい」  その時、近づいて来る者がいた。 「はーい、ずいぶん注目を集めてるね」  大親友の皇歌織(すめらぎかおり)だった。背が高い、運動好きの少女である。髪も短く横を刈り、とてもボーイッシュだ。 「かおりん、聞いてえ!」  日本語で言う。 「うんうん」 「私、この人のお世話をすることになっちゃったんだよお!」  皇は、美少女に右手を伸ばした。 「ミイと同じ二年生の、皇歌織です。よろしく」  エル=シャリーナ姫は、その手をしっかりと握った。 「初めまして、カオリ・スメラギさん。私は留学生のオルフィーナ・イエルコットです。私も同じ二年生です。よろしくお願いいたしますね」 「あら」  皇は、如月の隣に座った。 「日本語、上手なんですね」 「一所懸命、勉強したのです。前から日本には興味がありまして」 「へーえ。で?」 「痛い、痛い」  皇は、如月の頬をつねっていた。 「オルフィーナさんのお世話を、することになっちゃった、とはどういう意味なのかな?」 「ううう、その通りの意味でふう」 「如月さんに意地悪はしないであげて。私がこれからご迷惑をかけるのは確かなのですから、気が向かないのは当然のことです」 「ほーお」 「痛いー、痛いー」 「外国から来た留学生に優しくできないなんて、見損なったなあ。もう友達やめようかなあ」 「まあ」  くすくすと、エル=シャリーナ姫は笑った。 「では、如月さんを独り占めできる可能性が増えたということですね」  皇は、つまんでいた頬を勢いよく引っ張って放した。 「あああ!」 「うるさい。改めてよろしく、オルフィーナさん。私、あなたのこと好きだな。友達になりたい」 「もちろん私もです、皇さん」 「かおりん、でいいよ。恥ずかしいあだ名だけど、みんなそう呼ぶし」 「では、私のことはフィーネと呼んでください」  意気投合してる!  このお姫様は猫かぶりの、とんでもないサディストなのにい! 「残念だけど、もう行かなきゃ。もし美術に興味があったら、美術部をよろしく。じゃあね」  皇は手を振って去って行った。エル=シャリーナ姫は立ち上がり、頭を下げた。 「ううう、私も帰りたい」 「そうだな。準備も必要だしな」  再び座り、言う。 「準備? 何のでしょうか?」 「家に帰り、さっさと荷物をまとめるんだ。喜べ」  優しい優しい笑顔。 「お前は、私の寮の同室になるんだよ」
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