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第6話 尾行者
如月は夕闇の商店街をひとり歩いていた。
その足取りは重い。帰宅したら、寮に入ることを姉にお願いしなければならない。そう考えると気分は憂鬱になった。
姉の恵理紗は、とても過保護である。カップラーメンを作るためにヤカンでお湯を沸かすだけでも、心配して後ろからじっと見守っていたりする。自宅で仕事をしているから気分転換になるのよと言い、炊事洗濯掃除をひとりでこなし、如月にはまったくさわらせようとしない。
如月はそんな姉に弱りつつも、もちろん大好きだった。
如月を産んですぐに母親は亡くなり、5歳の時に父親が帰国して消息不明になってから、親戚の助けもなく、たったふたりで生きてきたのだ。育ててくれた姉には感謝しかない。
そんな姉に寮に入りたいと言ったら、どんな反応をするだろうか。たぶん泣いて反対するだろうと思う。怒りはしない気がする。
そして憂鬱になる理由は、それだけではなかった。ファムンフォア人のお世話をすることになり、寮は同室になりそうだとも正直に伝える必要があると感じていたからだ。
姉は、大のファムンフォア嫌いだった。姉は父親のことを憎んでいた。姉にとって父親バエルナドとは、15歳の時に自分と妹を捨てた最低の人間なのである。だから父親が嫌いであり、ファムンフォア人が嫌いであり、国そのものが嫌いだった。如月より喋れるはずなのに、絶対にファーミューン語は口にしない。
如月が20歳までファムンフォア聖王国に行くのを我慢しているのも、姉との約束だった。20歳になったらもう大人なのだから好きにしていいわよ、と姉は言ってくれている。だが実際にファムンフォア聖王国に向かったなら、姉は泣くだろう。帰国するまで泣き続けるような気がする。
本屋の前を通り過ぎた。昨日立ち読みしていた雑誌が棚から消える前に読破してしまいたかったが、本屋による気力もない。
今日一日いろいろあり過ぎて、如月は疲れていた。
それでも、尾行者がいるのはわかった。
エスカレーターで地下鉄の駅に降りる。改札を通ってホームに並び、電車に乗る。
電車が動き出すと如月は、人の間を抜けて、その尾行者に近づいて行った。連結部を越えて、隣の車両に入る。
あれ?
銀髪で水色の瞳の女性は、いつの間にか消えていた。
如月は一瞬悩んだ。このまま電車の奥に進み続ければ、追い詰められる可能性がある。でも、やめることにした。向こうはどうも、今日は会いたくないらしい。
異国の美人は、如月が校門を出た時から、ずっと後ろをつけてきていた。
おそらくだが、今まで気が付かなかっただけで、登下校時、いつも彼女は側にいたのではないだろうか。
そしてそれは一体、いつから始まっていたのだろう?
最近?
学園に入学してから?
もっともっと前からなの?
わかっていることが、ひとつだけあった。
彼女は如月を、ディーハーティークから守ってくれているのだ。
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