Subの運命

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政府が定めた決まりで、日本では中学2年生の時に一斉にダイナミクス検査を行う。 ちょうどダイナミクスが発現し、互いに影響を及ぼし始めるのがこの時期だからだ。 俺がSubだと分かったのは夏休みの前。俺の声がまだ人に届いていた、暑い夏の日だった。 筋肉がつかない訳じゃないのに華奢と言われるまでに線が細い。自分で見てもわかる中性的な顔立ち。 なんとなく自分がSubだとわかっていた。だけど改めて突きつけられると少しショックだった。改善されてはきたもののSubはやはりどこか異質なものとして見られる。その視線の対象に自分も入っているのだと薄い紙切れ1枚で知らされた。 夏休みの間、DomとSubは別々に学校に集められてダイナミクスについての講習を受けた。ダイナミクスのことは、一応保険の授業で全員聞いているけれど、授業の内容は浅いからだ。それぞれの性にしかわからない話を改めて聞いた。 中学2年生の俺はダイナミクスについて半信半疑だった。 本当に命令されることが嬉しいのか? ――俺はそんなの嫌だけどな。 Domに無条件で尽くしたくなる? ――そんなの最悪だ。 そんな反抗的な態度で講習を受ける俺にある先生が声をかけた。 「そんなに分からないなら命令してやろうか?」 数学の檜山先生。かっこいいと女子たちがキャーキャー騒ぐ、校内で断トツ人気の先生。教え方がうまく、そして彼はDomだった。 「やれるもんならどうぞ?」 声変わりがやっと終わった声で返すと、檜山はにやっと笑った。 俺はこの時、徹底的に間違ってしまった。 講習を受けたその後。檜山は俺を空き教室に連れ込んだ。檜山は生徒との距離が近く、友達のような雰囲気で冗談を言い交わしたりすることも頻繁にあった。俺は数学がそこそこ得意だったから檜山には可愛がられていて、檜山から親しげに話しかけられることも多々あった。だからこそ、「命令してやろうか?」そんな言葉をいつもの軽口だと思っていた。 だが、檜山は俺に本当に命令してきた。俺も必死に抵抗したが、コマンドなんか受けたことのない、発現したばかりのSub性は制御なんかまるで効かなかった。しかも最悪なことに檜山はSubをいたぶることで満たされるタイプのDomだった。 夏休みの学校に響き渡る泣き叫ぶ俺の声。 檜山は俺にこう命令した。 「声を出すな」 抗えないDomからのコマンドに俺は沈黙するしかなかった。 檜山の行為は恐怖を除いても生理的に酷く苦痛だった。俺はいたぶられて満たされるタイプではなく、褒められたいという欲求の強いタイプのSubだったんだろう。 今となっては確かめる気も最早ないけれど。 数時間後、練習に来ていた吹奏楽部の生徒がボロボロになった俺を発見した。 檜山は逮捕され、俺は不登校になって事件は収束した。 体の怪我はすぐに直ったし、それで精神面に生活に大きな問題があるような影響が出たりすることもなかった。 ただ1つ俺の声が出なくなったこと以外は。 原因はきっと「声を出すな」という命令。声を出そうとすると頭が痛くなって、目の前が真っ暗になる。これはきっとSubDropなんだろう。SubがDomに無理やり命令されたときや、命令に心が追いつかないとなったりする。 俺は2年たった今でもあの命令に縛られている。他にも命令されたのになぜこれだけ残っているのだろうか。あんなやつの命令をなぜ今でも守っているのか。 自分で自分がわからない。 ただこれだけは言える。 俺はもうDomなんかに関わらない。俺たちSubを苦しめるだけの命令なんて聞くものか。 ―――頼むから俺に関わらないでくれ。
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