秘されるSub

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「はぁー」 三咲が大きいため息をつく。夕食を食べていた手も止まっていた。遠くを見つめているのに気がついて、そっと視線を動かすとそこには予想した通りの人物がいた。黒髪短髪、意思の強そうなキリリとした眉。男前という言葉が嫌味なほどにしっくりくる。剣道部主将ならしい彼は身長が高く筋肉質だ。 ちょうど食べ終わったところだったらしく、同じようなスポーツマン然とした仲間とともに去っていった。それを見送って三咲がまたため息をつく。 「かぁっこいいよねぇ」 『…いい加減告白すれば?』 「むりむりむりむり!フラれたら死んじゃうよ」 最近三咲はずっとこの調子だ。先輩が視界に入るとじっと見つめ、そしてほうっとため息をつく。常にどこか物憂げ。恋愛に興味がない俺でも、三咲があの先輩のことが好きなのはすぐにわかった。 テニス部の三咲と剣道部主将である彼、結城先輩というらしい、の出会いは委員会だそうだ。三咲は保健委員会に所属しており、結城先輩も同じで、委員会の仕事や会議で接するうちに、先輩の優しさとかっこよさに惚れたのだそう。ちなみに『三咲のタイプと違うんじゃねーの?チャライケメンって言ってたじゃん』と言うと「あれは観賞用タイプなの!」と即答された。 ここのところ三咲の恋愛相談に乗る日々が続いている。DomとSubの恋愛に懐疑的な俺には共感はしてやることは出来ないが、話を聞いてやることくらいは出来るかともっぱら聞き役だが。 『わかんないんだけどさ』 「んー?なにが?」 『三咲はあの人に命令してもらいたいわけ?』 結城先輩がDomであることは雰囲気でわかる。でもだからこそ好きだと純粋に言えることが理解できなかった。俺がDomのことを嫌いだからなんだろうか。 「うーん、命令も確かにしてほしいとは思うよ。でもそれ以上に好きって言ってもらいたい、かな。え、でもどうしよう!結城先輩に命令なんかされたら嬉しすぎてダメになるかもしれない」 一瞬で顔を真っ赤にした三咲に思わず笑ってしまう。 『結局そうなのかよ』 「むー…でもそれはさ、俺らがSubである以上しょうがないよね。命令してほしいって気持ちも含めて好きだって思えるDomを見つけなきゃダメなんじゃない?」 『その点三咲にとって結城先輩は完ペキってことか』 「う…まあね」 俺の余りに直接的な言い方に、三咲が恥ずかしそうに目を泳がせる。 「それに命令してほしいって好きじゃないと出てこない感情じゃない?」 なるほどな、と口パクで返しながら俺は苦い思いが広がるのを抑えられなかった。 三咲は強いな、と思う。俺が未だに受け入れられていないSub性を自分のものにし、明るい未来を見ている。 でも同時に知らないんだと思った。心は拒絶しているのに体はDomを求めてしまう、心と体がバラバラになる恐怖を。 「…木南はさ、Domのこと嫌い?」 ふっと真面目な顔になった三咲にそう問われて目を丸くした。 『なんで?』 「普段の様子とか見てて、なんとなくそう思ったから」 俺はそんなに分かりやすい態度を取っていただろうかと思ったが、確かにDom相手に好意的なことを言うことはほとんどないし、何なら出来るだけ距離を取っている。察するのも当然か。 『あんまり好きじゃないかな』 「そっかー、じゃあごめんね。俺がこんな話するのも嫌な気持ちにさせちゃったよね」 『いや、それとこれとは別!三咲の恋バナ聞いてて楽しいしさ、叶ってほしいなってほんとに思うよ』 「ほんと?ありがとー」 申し訳なさそうな顔をする三咲に慌ててぶんぶんと首を振りつつ否定すると、三咲はふわっと笑ってくれた。 俺がDomに好意的になれないことと、三咲が純粋に人を思う気持ちは一緒にならない。三咲がそれで幸せになるなら早く叶ってほしいと本気で思うのは確かだ。 『なんでDomが嫌いなのか聞かないのか?』 「ん?聞いてほしいの?木南が話したいんだったら聞くけどそうじゃないならいいよ。人それぞれの事情ってもんがあるでしょ?」 ありがとう、と口の形で伝えると三咲は頷きながら微笑んでくれた。やっぱり三咲は優しい。踏み込んでほしくないところに踏み込まない。そんな優しさを持った友人をありがたく思う。 「あ、でもさー」 ん?と首を傾けると三咲も同じように首を傾けて口を開く。 「木南あれだよね、風紀委員長のことは嫌いじゃないよね」 思わず微妙な表情を作ってしまう。 『あの人は嫌い、ではないな』 「ん?嫌いじゃないけど好きでもないってこと?」 『いや、あの人と話したりするのは楽しいって思う』 そう打ち込んだ画面を見て、三咲は目を瞬かせた。 「それは好きってことじゃない?あ、いや恋愛的な意味じゃなくて」 『そう、なのかな』 「うん。でもよかったー!木南が全部のDomを無条件で嫌いな訳じゃなくてさ。ちゃんと嫌なやつとそうじゃないやつを区別出来るってことでしょ?この世の中Domなんていっぱいいるんだからさー、無理にDomを好きになろうとしなくてもいいけど、少しでも楽なほうがいいよね」 明るく笑う三咲に、つられて笑みを浮かべる。 俺はDomのことを嫌いにならないといけないという強迫観念に囚われていたのかもしれない。ふとそう思った。 なんだか少し息がしやすくなったような気がした。
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