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夜は秘密を抱く
「あー、やっちゃった」
先程からカバンをごそごそと探っていた三咲が、あちゃーと言いながら髪をぐしゃぐしゃとかき回した。
どうした?と首を傾けて促すと三咲が唸るように答える。
「教室にプリント置いてきちゃった。明日提出のやつ」
『時間かかる系のやつ?』
「そう。朝早く行ったくらいじゃ終わんないやつ。あーどうしよう」
『どうしようも何も、取りに行けばいいんじゃ?』
「めんどくさいーー」
『それは知ねーよ』
意外な雑さを見せる三咲に笑う。まあ気持ちはわかるが。
「いやでもテスト前にこれはやばいよね……。うん、取りに行こう」
季節はもう夏だ。この学園は2学期制なので、中間テストが夏休み前になるのだ。そのテストがもう目前に迫っている。確かにこの時期に課題を提出しないのは得策ではない。
三咲が重い腰をやっと上げるのにあわせて、俺も座っていた椅子から立ち上がった。
『一緒に行くよ』
「え、ほんと?やった!夜の学校に一人はやだなーって思ってたとこ」
だろうなと思って一緒に行こうとしたので、予想通りの返答に笑ってしまう。しょうがない、二人
で夜の学校に散歩だ。
寮から出て、校舎へと向かう。夜なのに空気がむわっと蒸し暑く、夏の訪れを感じさせる。
「あっつーーい」
三咲がうえぇと顔をしかめるのに頷く。肌がベタベタする。手でパタパタと顔に風を送りながら歩いていると、向かいから誰かがやって来るのが見えた。街頭のぼんやりとした明かりではシルエットしかわからないが、とても背が高い。
「んー誰だろ、先輩かな」
『いや、あれ風紀委員長じゃないか?』
「え、あー、……ほんとだ!木南すごっ」
なんとなく見覚えがあると思って目を凝らしていたら、それはやはり見知った人で、風紀委員長だった。向こうも俺たちに気付いたようで、軽く手を上げてくれた。ペコリと会釈しておく。
「こんばんは、お疲れ様です」
「誰かと思ったら、木南と三咲か。こんな時間にどこ行くんだ?」
「俺が教室にプリント忘れちゃったから取りに行くんです。木南は一緒に来てくれて」
「残念だけどこの時間は校舎閉まってるぞ」
「えっ、そうなんですか!?」
「基本校舎は19時に施錠されるんだ」
「あー……じゃあしょうがないね」
三咲と顔を見合わせる。スマホで時間を確認すると、今は20時を少し回ったところだ。これではどうしようもない。三咲が困ったように眉を下げる。
「提出期限近いのか?」
「明日なんです……」
「あー……それはなぁ」
事情を聞いた委員長が軽く首を傾げて何やら考える様子を見せる。あざとい仕草もこの人がやれば見栄えがするのが何とも言えない。
「んー、よしじゃあ今から取りに行くか」
「えっ!?もう入れないんじゃないんですか?」
「風紀委員長権限」
三咲の驚きの声に、委員長がにやっと笑う。ポケットに突っ込んで、引き抜かれたその手には鍵があった。
『なんでそんなとこから鍵が……』
「さっきまで風紀委員の仕事をしてたからな。施錠時間過ぎてたから、最後に鍵を閉めるのに使ったんだ」
「委員長クラスの人しか使えないやつですよね……そんなの使っていいんですか?」
「ほんとは私的利用はだめだけど、今回は内緒な。正面玄関じゃなくて裏側から入るぞ」
指に引っ掛けた鍵をゆらゆら揺らしながら委員長が歩き始める。もう一度顔を見合わせて、俺達は慌てて歩き出した。委員長を付き合わせてしまったという申し訳なさ。というか、風紀委員の仕事はこんな夜遅くまでしないといけないのか。激務だ。そのくせ、いつも飄々と構えている委員長は素直にすごいと思う。それに今だって少しも面倒くさそうな顔をせずに、俺たちに付き合ってくれている。優しい人だ。
校舎の裏側には、部活に使うグラウンドや、部室棟が並んでいる。今でも大半に煌煌と明かりがついている。部活をやっていない俺はあまり来ることがない。興味を引かれてキョロキョロ見回しながら歩いていると、前を歩いていた委員長が道をそれた。
「共犯者を増やそう」
「共犯者ですか?」
「赤信号みんなで渡れば怖くない」
委員長が真顔で言うの思わず吹き出す。風紀委員長とは思えないセリフだ。三咲は目を丸くしている。でも実はこれはこの人の通常運転だ。図書館に何度も行ったりするうちにわかった。委員長は意外と悪戯好きでお茶目な人だ。
道をそれた風紀委員長が入っていったのは剣道場。まだ明かりがついていたそこを覗くと、そこには結城先輩がいた。一人だ。三咲がびゃっと変な声を出して、俺の背に回る。
「結城」
「お?藤堂、どうした?」
「自主練か?」
「あぁ。さっきまでやってたんだが、もう終わろうと思って道場の施錠をしてたところだ」
確かに結城先輩は制服を着ていた。親しげに会話を交わす二人。知り合いだったのか。まあ二人とも3年生だし、委員長と部長という組み合わせだ。知っているのも何ら不思議ではなかった。
「なら、ちょっと付き合えよ」
「は?何にだ?」
「肝試し」
「は?」
訝しげに眉を寄せる結城先輩。後ろで三咲がかっこいい……と小声を漏らしているのが聞こえて苦笑する。その間には委員長が手短に事情を説明してくれている。
「なるほどな。いいぞ、じゃあ行こうか」
「えっ、いいんですか!?」
「なんか楽しそうだしな。それに可愛い後輩のためだ」
「はぁ、かっこいい……」
男前な結城先輩に、語彙力をなくした三咲が面白くて、くくっと肩を震わせる。何か察したらしい風紀委員長も面白そうに三咲を見ていた。
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