ここは地獄か天国か

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食堂に入るとそこそこ人がいて賑わっていた。とても広い食堂だ。何人入れるんだこれ。 今日明日で新入生が入寮することになっているから、明日にはもっと人が増えるのだろう。あまり人が多いところが好きではないので少しうんざりした。 「席ここでいい?」 壁際に空いていた席を指す三咲に頷く。 「なに食べよっかなー。うーん、イタリアンもいいけど中華もいいなぁ」 テーブルに置かれていたタブレットを操作してメニューを見る。注文もこれで出来るし、注文の時に暗証番号を打ち込めばお金は勝手に個人から引き落とされるらしい。ハイテクだ。 メニューを見れば、和食からイタリアン、フレンチ、中華、ハンバーガーショップなんかもそれぞれ有名な専門店が入っている。金持ちも大概にしろよ!庶民としてなんか腹立ってきた!俺これ毎日ただで2食も食べれんの?特待生ずるくない? 「どうしたの変な顔して。俺このビーフシチューにしよーっと!木南は?」 複雑な感情に襲われていた俺は、はっと我に返る。 『俺は天津飯にする』 ぱっと目について美味しそうだなと思っていた中華にしてみた。タッチパネルを操作して注文する。料理が出来たら通知がきて、取りに行くスタイルだ。これでウェイターが持ってきてくれるとか言われたらほんとにどうしようかと思った。よかった、辛うじてまともな部分が残ってて。 「それにしてもメニュー結構充実してるね。俺自分で作ろうかなって思ってたんだけどちょっと考えちゃうな」 『三咲は料理出来るのか?』 「うん、そこそこなら。好きなんだよね、料理するの」 『すごいな』 「そんなことないよー。木南は?料理するの?」 『いや、俺は全然出来ない』 「えー意外」 『どう見て意外だよ。荷物片付けてる時に俺のカッターの使い方見たろ』 「あははっ、あーあれはねー。THE不器用みたいな持ち方してたもんね」 『笑うな』 唇を尖らせた俺を三咲が笑う。俺のカッターの使い方を真似する三咲に思わず俺も笑ってしまった。と言っても笑い声は出ない。空気の音がするくらいだ。それでも一緒になって笑ってくれる三咲にほっとした。大抵は俺と話す時はあからさまな気遣いを見せる。気まずげな顔を見せて一緒に笑ってくれない。扱いづらいのはわかるがそれは結構寂しいものだ。でも三咲は会ったばかりなのに普通に接してくれる。ほんとにいいやつなんだな。こいつが同室でよかった。 タブレットに通知がきたのでそれぞれ料理を取りに行く。 出てきた天津飯はとても美味しそうだ。 卵はふわふわだし、あんも程よいとろみでいい感じにご飯と絡む。さすが有名店。 三咲を見ると綺麗な仕草で湯気をたてるビーフシチューを口に運んでいた。あっちも美味しそうだ。明日はビーフシチューにしてみようかな、と思っていると三咲と目があった。ん?というように首を傾げるのでスマホに指を滑らせる。食べながらスマホを触るのはマナーが悪いが許して欲しい。 『食べ方綺麗だな』 「そう?ありがと。まあ、ちっちゃい頃から躾られてきたからね」 あぁ、なるほど。この学園にいる以上三咲もどこかの御曹司でだったり、跡継ぎだったりするんだろう。三咲の態度がそういうことを感じさせない気持ちのいいものだったからあまり意識していなかった。そういえば三咲って確か… 『三咲って、あの三咲ホールディングスと関係があるのか?』 庶民の俺でも知っている有名な名前。確かショッピングモールとか経営してなかったっけな。 「あぁそうそう。それうちだよ。俺そこの次男なの」 三咲がふわりと笑う。でもそれはどこか苦いものを含んでいるように見えて少し戸惑う。 「次男だから気楽なもんだよ、後を継げとかも言われないしさ。ほんとはこの学園にも来ないつもりだったんだけどね」 『そうなのか?でも俺は三咲と同室でよかった』 そう打ち込んだ画面を見せるとまた三咲がふわりと笑った。今度はそこに苦さはなくなっていた。 その後も雑談しながら食べていると、どうも視線が気になる。周りから見れば三咲が一人喋って、目の前にいる俺がスマホをいじっているという図になるからだろう。不思議に思ったりするのも無理はない。 次第に集まってくる視線に三咲も気づいたようで、俺は三咲に向かって苦笑した。 『ごめんな、俺のせいで視線がうるさくて』 「ううん、大丈夫だよ。でもやっぱ慣れてるんだね。その外見だと大変でしょ」 は?何を言われているのか理解できず口をぽかんとあけた俺に三咲も、え?と首を傾げる。 『外見ってなんのこと?』 「え?木南のことだけど?その美貌ならどこにいても視線集めちゃうでしょ」 『美貌って俺男だし。ってそういうことじゃないし!』 なんだよ美貌って…せめてイケメンって言ってくれよ。確かに平均よりは整った顔をしている自覚はある。昔から周りの反応を見ていれば嫌でも自覚させられる。でも三咲と並べば、その品のある顔立ちの方が断然人目を惹くだろう。 そう言えば三咲は照れたように笑った。 「えー、木南レベルの顔面に褒められるの照れる!でもきっとここじゃ木南の方がモテるよ?何て言うの?その気だるげルック!今どきの感じ!俺みたいな雰囲気のやつなんかここにはいっぱいいるし」 『いやいやいや、そんな訳ない。三咲のそのふわっとした感じは絶対モテる。守りたいその笑顔』 「何言ってんの!木南のその猫みたいな雰囲気こそゴリゴリマッチョDomからモテるんだよ!」 『切実に嬉しくないし、三咲の方がゴリマッチョには受けがいいはず』 「嬉しくない!俺の好みはモデル風チャライケメンなの!……ちょっと引かないでよ!顔で分かるんだけど!」 チャライケメンの良さを力説する三咲に思わず大笑いしてしまう。三咲も言いながら笑っている。 気づけばさっきよりも大勢の視線が集まっていて俺たちは慌てて席を立った。初日から目立つなんてごめんだ。 廊下を歩きながらも視線を集めていたのはどっちか議論は止まなかった。だいたい俺が言いたかったのは顔の話じゃなくて、筆談をしているから目立ってしまったということだったんだけど。結局それを言うことはなく、おあいこということで決着がついた。 男同士の恋愛なんてDom/Subのせいで別に珍しくもない。この学園にもカップルは多いだろう。特に男のSubは男のDomを求める傾向にある。自分より強い存在に支配されるのを望むためだ。三咲だって好みは男だった。 自室のソファーに寝転がって、まだカーテンのない窓から見える夜空を見上げる。 恋愛なんてくだらない。 そう言ったはずの唇からは相変わらず音が出なかった。
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