ここは地獄か天国か

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その内教師がやってきて、オリエンテーションが始まった。俺の担任はロマンスグレーのおじいちゃん先生だ。穏やかで紳士的な雰囲気が嫌な印象を与えない。話し方は柔らかいけど隙がない。自然と背筋が伸びる感じ。この紺野という担任はとても好感が持てる。 オリエンテーションが終わると今度は自己紹介。順番に立ち上がって挨拶していく。 「木島翔太。好きなのは音楽すること。よろしく」 前の席の抹茶くんは木島翔太と言うらしい。低めの少し掠れたようなハスキーボイス。しかし、ぼそぼそ喋るのではなくその通る声で、必要なことだけを簡潔に言う態度は嫌いじゃない。 木島くんが終わったら俺の番だ。スマホで文字を入力し、それを音声出力して対応すると教室がざわついた。俺の声が出ないということに驚いているのだろう。同情や好奇の視線が突き刺さるのを綺麗に無視して座る。こんな視線、気にしてたらきりがない。 今日は自己紹介だけで終わりらしい。 解散を告げられて、すぐに教室から出ようとすると「きーなみー」と俺を呼ぶ声が聞こえた。教室の外から三咲が俺を呼んでいた。あっちのほうが早く終わったらしい。 男子にしては低めの身長で、人波に埋もれないようにぴょこぴょこ跳ねて俺を見つけようとしているのに思わず笑う。 『ごめん、待った?ありがとな』 「ううん、大丈夫!お昼食べに食堂行くでしょ?一緒に行こ!」 頷いて、三咲と連れだって食堂に向かう。 「体調大丈夫だった?」 『もう大丈夫。ありがと』 三咲が顔を覗き込みながら聞いてくれるのに苦笑する。微量のグレアに当てられたのが原因だから、それがなくなれば具合はよくなる。多少のだるさは感じるけど、何の問題もない。顔色も戻ったはずだ。 食堂はものすごい人数で混みあっていた。ちょうど昼ごはんの時間だから仕方がないがそれにしてもすごい人だ。これでも購買と人が分散しているはずなんだけどな。 みんな自炊しないのか?いや、俺は人のことまったく言えないけど。 運よく目の前で席が空いてさっさと座る。早く食べて早く出よう。三咲は今日は味噌ラーメンにするらしい。俺はきつねうどんにした。一応体調のことを考えた結果だ。最初はカレーを頼もうと思ったけれど三咲に「あんなに気分悪そうだったのにそんな刺激物食べちゃだめ!」と全力で止められたせいだ。心配性だなと思ったけど心配してくれるのは嬉しかったので素直に従った。 担任やクラスのことを話しながら麺を啜っていると、急に辺りが騒がしくなった。 顔をあげるとみんなある一点を見ている。 何があるのか訪ねようと三咲を見る。すると三咲もそちらのほうを見ていた。 「木南、ほら!あれ風紀委員長!」 は、風紀委員長?人の視線が集まるほうをよく見てみると確かに人波の向こうに長身が見えた。…いや見えるけどそれがなんなんだ? 「かっこいいよねー憧れる」 うっとりとした顔で三咲が言う。 確かにとんでもないレベルのイケメンだ。切れ長の目にすっと通った鼻筋、薄い唇。綺麗と言い表すのがしっくりきすぎる。でもだからと言って中性的な訳ではなく、男っぽい色気がある。硬派な黒髪だけど少し遊ばせた髪先が硬すぎずいい感じ。 いや、イケメンなのは分かったけどだからそれがなんなんだよ! そう打ち込んで見せると三咲が、あぁという顔をした。 「あのね、うちの学園の役職持ちってもちろん能力が高いのは前提で、その上なぜか顔がいいの。だから何て言うか…アイドル的存在?になっちゃってるんだよね 」 『役職持ちって生徒会とかのことか?』 「そ。生徒会と風紀委員がツートップ。後はそれぞれの委員会の委員長とかね」 なるほど何となくはわかった。もう一度ちらっと視線を移してみる。風紀委員長は友達だろう人と談笑している。そこには常に多くの視線が集まっていた。でもそんな視線に慣れているのか気にする様子もなく食事を続けている。いくら能力が高くても、イケメンでも、常に衆人環視の状況なんて俺はごめんだな。 半ば同情の気持ちを込めて、そっと視線を外そうとすると風紀委員長がふいに目を上げた。その直線上にいた俺と一瞬視線が絡んで俺はさっと目をそらした。 敏感なSubは目を合わすだけで相手のダイナミクスがわかることもある。敏感の部類に入る俺もおかげで分かってしまった。まあそれ以外にはないと思っていたけれど。 あの人もDomだ。 Domなんて関わるとろくなことがないんだ。 もう絶対にそちらを向かないようにして俺は汁を吸って柔らかくなった麺をすすった。
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