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「ぶふっ……!お前!突然跳ぶな!コケるかと思っただろうが!」
「いい加減慣れろ。猫というのは突然ジャンプして飛びつくものだぞ」
「しれっと正当化するな!中身はネコじゃないくせに!!」
そう、そいつは一見すると高級品種のお猫様、なのだが。
猫なのに喋る。メス猫なのに、声は嗄れたジイさんときている。明らかに普通の猫ではない。
そして本人が名乗ったその正体は、なんと。
「お前が普通の猫じゃないってのはわかってるけど、なんでこんな寂れた海の家に居座ってるんだよ!エサくれるのは俺だけじゃないだろ?そもそもなんでメス猫なのに声がジイさんなんだ」
「メス猫だったのは偶然だぞ。とりあえず良い身体ねぇかなーできればボインな姉ちゃんがいいなあ~って思いながらふよふよ漂ってたらな、猫ちゃんダッコしてる超美人なネェちゃんがいたんでな。うっひー好みストライクゥ!と思ってダイブしたら誤って猫の方に……」
「ただの変態ジジィじゃねえかコラ」
なんと、“かき氷の精霊”だというのだ。
正直ちょっと、何言ってるのかわかりません、である。
「お前が普通の猫じゃないのも、なんかトクベツな存在なのも認めるけど。かき氷の精霊ってなんだよ。仮に本当だとしたら、なんでこんな海の家にいるんだよ。客なんか全然いねーんだぞ」
やや声のトーンを落として説教する。向こうでのんびりとかき氷を食べている常連さんに聞こえたら、明らかに怪しい人になってしまうからだ。どうにもこの“かき氷の精霊を名乗る、猫に取り憑いた変態ジジイ”の声は、僕にしか聞こえないものであるらしい。
幸いにして常連のお爺さんは耳が遠い。こうやって静かに話している分には、そうそう聞き耳を立てられることもないだろうが。
「今年は冷夏みたいだし、きっと来月も殆ど客は来ないだろうさ。俺も他のバイト増やさねぇとなあ、って思ってるところだぞ。かき氷の精霊なら、もっとかき氷売れそうな、人が多いショッピングモールでもなんでも行ったらどうなんだよ。ていうかその猫にあんまり長居すんなよ、飼い主が心配するぞ」
ヒマラヤンって高いんだからな、とジト目になる僕。すると猫の姿をした自称精霊はふふん!とシッポをピンと立てて言った。
「安心せい。今月末までは涼しいが、来月から一気に真夏日が続くようになるわ。お前さんも他のアルバイトなんぞしている暇はなくなるぞ」
「はあ?」
「しかし、このままではいかんな。いくら暑くなって海に人が来るようになっても、子供達に安定してかき氷を食わせてやれるようにならなければ客は増えん。忙しくなる前にちゃんと機械は買え。それとバイトも雇え。他にも、子供の心を鷲掴みにするようなアイデアをきっちり考えろ。暑くなれば何でもかんでもうまくいく、なんてのは甘えってなもんだぞ」
意外にも、精霊の言うことは的を射ていた。僕は押し黙る。かき氷が売れないのは、そもそも寒くて海に人が来ないから。それは間違いないことではあるが、売れない理由の全部を“それだけ”だと思っていたことも否定はできない。暑くなればきっと売れるようになるはずだ、と思い込んでいたことも。
「自分に合わない仕事であっても、何年も続けたサラリーマンの仕事をやめてきたんだろう。儂からすると、今のコンビニのアルバイトの方が余程大変そうに見えるぞ。……それなのに、何故お前さんは貯金を使ってまで海の家を買って、かき氷の店なんてものをやっとるんだ?当然、理由があるんじゃないのか?」
「え。ちょ……何で、それ……」
この猫が店に居座るようになったのは、一週間ほど前からである。当然、それまでの経緯などこの猫が知る機会があったとは思えない。
それなのにどうして彼(?)は、僕の状況をそこまで詳しく知っているのだろうか。
「儂は何でも知っとるぞ、なんせかき氷の精霊だからなぁ。……お前さん、どうしてかき氷の店を始めたのだ?」
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