幸せのかき氷

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 *** 「ありがとうよ、ごちそうさま。いーや、美味しかったなあ!」  常連のおじいさんは、名前を“岡島さん”という。  この近隣に住んでいて、昔から海を見ながらかき氷を食べるのが好きだったのだそうだ。僕の親戚がこの場所で海の家をやっていた時にも、彼は殆ど毎日のようにこの場所に来てはかき氷を食べていたのだという。  とはいっても、海の家なんてのは大抵年中やっているわけではない。僕はこの夏の後をどうするかまだ考え中だが、やっていたところで秋冬がかき氷メインでは立ち行かなくなるのは明白である。お酒の飲める店バーベキューの店なんてものを考えるか、それとも夏だけの店にするか。僕がそうやって悩んでいると言ったら、岡島さんはうーん、と唸ってみせたのだった。 「私ゃ、冬であってもかき氷は食いたいけどねえ。あ、暖房ガンガンにきかせてかき氷食べさせてくれる店ってのはどうだ?面白いんじゃないか?」 「た、建物の構造から考えないといけないかなーそれは。……えっと、岡島さんはどうして冬でもかき氷が食べたいんですか?親戚のお店の頃も、夏以外の季節もかき氷のお店出してくれーって交渉してきて困ったって、おじさん達言ってましたけど」 「んー?」  少し早口に言いすぎたらしい。岡島さんは耳に手を当てて、なんだってー?と返してきた。 「えっと、だからその。なんでそんなにかき氷が好きなんですか?」  冬であっても、氷菓子が食べたいなんて。そこまで言える人は相当稀ではないだろうか。コンビニのアイスでさえ、冬の時期には売上が落ちてしまって困るものだというのに。寒い時期でもアイスを食べたい人はいるが、氷系は全く話が別なのである。  すると、岡島さんは、ニコニコと笑いながら教えてくれたのだった。 「かき氷がな、私のジイさんとの大事な思い出だったからさあ」  そういえば、かき氷の歴史は相当古いという話を聞いたことがある。齢八十歳くらい(と、思っているが実際の正確な年齢はわからない。耳は少し遠いが、岡島さんはハキハキ喋るせいで結構年齢が迷子になる人だ)の岡島さんの子供時代ともなれば今から七十年くらいは昔のことになるはずだ。それこそ、戦争の末期か、戦後直後くらいではなかろうか。  その時代に、かき氷はあったのかどうか。――いや、逆に氷とシロップだけで済むお菓子ならば、かえって重宝したのかもしれないが。残念ながら、このへんは歴史の知識が浅い僕にはわからない。 「といっても、食べさせて貰ったのは一度だけだ。それでも、私にとってはいつも厳しくて怒ってばっかりいたジイさんとの、とっても大事な思い出でな。あの時のひんやりしたかき氷とあまーい味は、一生忘れられない宝物だ。ジイさんは言ってたさ。今に、子供達がもっとたくさん、かき氷を食べて笑顔になれる時代が来ると。そういう時代を、できれば俺も見てみたいもんだ……ってなあ」 「……そうなんですか」 「そうさ。……案外そういうお前さんも、似たようなものなんじゃないのかい?」  なあ?と。かき氷の器を僕に渡しながら言ってくる岡島さん。 「かき氷には、子供達を幸せにしてくれる魔法がかかっとる。私はここで、ジイさんが見られなかったそういう時代をずーっと見ていたいんだよなあ……」
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