第11話 内緒の宝物

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第11話 内緒の宝物

遠くで声が聞こえる。 … … 客室を越えて… …図々しい奴め… … いいじゃな … か… おや、奥方のかわい…寝顔を拝見し … … 見 … 寄… な。消し炭… たいか… … 大切にし … くせに … あんな印 … … うるさ … 俺にとって … あいつ … あなたにとって俺は、何ですか? ** 「…ん…」 目を開ける。部屋には柔らかくて優しい光が入ってきてるから、おそらく朝なんだろう。 ぼんやりとした頭で周りを見る。 どうやら気を失ってしまっていたらしい。 気持ち悪いところがないのは、拭いてくれたからだろうか。でも、良い香りもする…もしかしてお風呂に入れてくれた? 「…」 膝を抱えてベッドに座る。 丈の合わないブカブカのシャツは、フィリオのものだろう。 "好き"ということを自覚したけど、だからといって何かが変わるわけじゃない。 フィリオにとって俺は代わりのきく玩具のようなもの。それかペット。 左の薬指を掲げ、仰ぎ見る。 そこには深々と隷属の証が刻まれている。 今は執着してくれているみたいだから、たぶん大切にされるんだろうけど… 「いつか、捨てられるのかな」 店から買い上げられたあと、捨てられて出戻ってくる子を何度も見てる。何も珍しいことじゃない。 「…?何だこれ」 沈んだ気持ちのままベッドの脇にある小机を見ると、何やら文字が書かれた紙が置いてあることに気付いた。 「…、しごと、に、いく… 」 俺にも分かるような単語が並んでる。 でも何度も書き直したような跡(二重線が引いてあったり、ぐしゃぐしゃと文字が消されていたり)が残っていて、俺のために文章を一生懸命考えてくれたことが分かった。 それは素直に嬉しい。 「…こまったら、イル、エイミ …よべ…って、何だこれ、ベル?」 メモの隣に、小さなベルが置いてあった。 指先でつまみ上げ、試しに軽く振ってみる。 すると、涼やかな音を鳴らしながらベルが薄赤く発光した。ビックリして落とさなかったことを褒めてほしい。 慎重に、ほんのりとあたたかくなったそれを机の上に戻した。 「何だろう…魔力が込めてあるのかな」 自分の魔力を一時的に溜めておくことのできる器は、粗悪品から一流品まで、様々な種類がある。大体が生活を便利にするためのものだけど、これはどんな風に使うのが正しいんだろう。 まぁ、フィリオの持ち物なのだとしたら、もしかしたらすごい力が封じてあるのかもしれないけど。 そんなことを考えていると、突然けたたましい足音が聞こえてきた。近づいてくる。 あ、この部屋の扉の前で止まった。 コンコン、とノックされる。 「奥方様!お呼びですかっ?」 そして聞こえてきたのは、聞き馴染みのある声だった。 「…イル?」 「はい!ベルを鳴らされたので来ました!」 「あ、呼ぶってそういう…ごめん!使い方よく分からなくて。とりあえず、ええと、入ってきて」 「失礼します!」 イルが邪気のない笑みで部屋に入ってきた。 手には、俺が振ったのと似たようなベルが握られていた。この部屋にあったやつより、少し大きい? じっと見つめていると、イルは手に持っていたそれを自分の目線の高さまで掲げて微笑んだ。 「こちらが連動しているベルですね。奥方様が鳴らした方を振ると、これが火を吹きます」 「火を吹く…」 「そうですね!ボワッと」 「そ、そうなんだ、説明ありがとう」 「旦那様に、『ニィノが目を覚ましたら、おそらくこいつを振ってみるはずだ。そうしたら説明してやってくれ』と言われました!」 「なるほど」 聞く前に答えられたのは、フィリオからの言いつけがあったからなのか。考えが見透かされてるようで、ちょっと恥ずかしい。 「旦那様は急なお仕事が入られたらしいです。でも、なるべく早く帰ってくるそうですよ」 「そっか」 「用事がありましたら、何なりと申し付けてください!」 「うん、分かった。ありがとう」 つられて微笑み返すと、ぐきゅるる…と盛大な音が鳴り響いた。 恥ずかしすぎる。 「あ!お食事ですね!すぐにお持ちします!!」 イルは、来たときと同じようにけたたましい音を立てて去っていった。 しばらく経ったあと、やけに豪華なトレイにたくさんの食べ物を乗せたイルが現れた。 サンドイッチと飲み物と…名前がよく分からないような(たぶん高い)食べ物がところ狭しと机に並べられる。 「な、なんか、量が多くないか?」 「旦那様が『ニィノは痩せすぎだ。とにかくたくさん食べさせろ』と仰ったので!」 「え」 そういえば、前にエイミの勘違いで医者に診てもらった時、栄養不足って言われたんだった。 「お食事が終わりましたら、またさっきみたいにお呼びください!あ、あと、部屋の隅の、あそこです、箱がたくさんある…」 「ああ、あれ…って、何?」 「旦那様からのプレゼントです!好きに選んで大丈夫みたいですので、どうぞ手にとってみてくださいね!」 「プレゼント…?」 「それでは、僕はこれで!」 イルはニコニコしながら去っていった。 もう少し具体的に聞きたかったけど、まぁいいや。自分で見ればいいだけだし。 「…。気になるから、先に見ておくか。ちょっと。ちょっとだけ、見よう」 立ち上がり、箱の山の元に行く。 大小さまざまな大きさの箱が1、2、3… 10個以上ある。多い。 「服…と、何だこれ、装飾品?」 中身はどれも同じような感じだったけれど、最初に渡された服よりあまりヒラヒラしていない。 「あ、これなら着ても、」 箱から1枚服を取り出して持ち上げる。 生地のさわり心地がサラサラしていて良さそうだったので持ち上げたら…、…だいぶ透けていた。向こう側が見える…。 見なかったことにして、そっと蓋を閉じた。 「フィリオの奴…!!」 でもまさかシャツ1枚のままで過ごすわけにもいかないから、仕方なくあまり華美ではなく、透けてもいない服を身に付けることにした。 それにしてもフィリオは着せ替え趣味でもあるんだろうか。悶々と悩みながらシャツを脱ぐ。すると、ふわりと、フィリオの香りが鼻をくすぐった。 「…あ…そうだよな、フィリオのシャツ、だもんな…」 脱いだシャツをそっと抱きしめる。 着せ替え…別にフィリオがしたいなら… ……いやいやいや!ない、ないな! 「ほ、他の、見よう…!」 誰が見てるわけでもないけど、無性に恥ずかしくなってしまった。選んだ服に着替えて、他の箱を開けまくる。 慌てながら開けたため、一つの小箱が手元からこぼれ落ち、ゴトリとした音を立てて中身が飛び出てしまった。 「わっ、と…、なんだこれ、ペンダント?」 丸くて大きめのそれを持ち上げ、側面の突起を押す。すると、カチリとした音と共に開いた。どうやらロケットタイプのペンダントのようだ。 「きれいだな…」 外側の装飾に光を当てるとキラキラする。 まるで夜空を写し取ったように輝いていて 、じっくりと眺めてしまう。 「…そうだ」 立ち上がり、ベッドの近くに置いてあったフィリオからのメモを手に取る。そのメモを小さく小さく折りたたみ、ロケットの中にそうっと忍ばせる。 「…へへ」 自分が着せ替え人形だろうと、玩具だろうと、ペットだろうと、別に何だって構わない。いつか捨てられてしまうとしても、俺にはフィリオの記憶が残るんだ。それなら、フィリオとの思い出のものをたくさん取っておきたい。 目の前にペンダントを掲げながら、秘密の宝物を得たことに、ひっそりと喜びを感じた。
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