第10話 過去の影※

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第10話 過去の影※

それから数日。 俺は毎日勉強をしながらフィリオの帰りを待つ、という生活を続けた。今まで誰かを待ったことなんてなかったけど、これはこれで意外と楽しい。習ったことを伝えれば楽しそうに話を聞いてくれるし、本を上手く読めると褒めてくれる。 …あ、ただし朝と夜のキスは除く。これは慣れそうにない。今朝は特に長かったし、というか、体をいやらしい手つきで触ってきたんだ!しかもそのまま押し倒されそうな勢いだったから、「~っ、長い!」と言いながら軽く突き飛ばしてしまった。 「納得がいかないな」 「な、何の」 そして夜帰ってきたフィリオは、部屋に来るなり俺をベッドに押し倒した。 「今朝、俺を拒否しようとしたな」 「あ、あれは、フィリオがいやらしい触り方するから…っ!」 「ニィノ。お前は、お遊び程度のキスで俺が満足するとでも思っていたのか」 俺はあれでも精一杯だったんだけど。 自分からキスしたことなんてない俺に、どれだけハードなことを強いていると思ってんだ。 「不満げだな」 「お、俺だって頑張ってる」 「そうは見えない。もっと色々な手練手管を教え込まれていると思ったが…そうでもないようだな。技術はお粗末なものだ」 「…っ!!」 その言い方にはさすがにカチンときた。 フィリオはいつもいつもいつも店に居た時のことを持ち出してくる。いい加減腹が立つくらいには。 「別に、…店に居る時は、色々してた。フィリオが最初にヤった時『何もしなくていい』なんて言うから、やってなかっただけだ」 「……ほう?」 「だから俺だって本気になれば色々と、」 「じゃあしてもらおうか」 「え」 「俺のことを愉しませてみせろ、ニィノ」 口元をひきつらせながら、フィリオが明らかに機嫌が悪い表情をした。ギリ、と掴まれた手首が悲鳴をあげる。 言ってしまったからには後には引けない。 というか、引いたら負けな気がした。 ** 「どうした、その程度じゃ話にならないぞ」 ベッドに腰かけるフィリオが、頭上から声をかけてくる。 その声を無視して、俺は目の前の昂りを口に含む。裏筋を舌で舐めあげ、柔く食み、先端を吸ったりしてみる。そうすると硬度は増すが、フィリオの表情にほとんど変化は見られない。ほんっと腹立つ。 どうにかしてそのポーカーフェイスを崩してやりたい。 躍起になって、目の前の昂りを喉奥まで迎え入れる。えづきそうになるのを何とか抑えながら、頭をゆっくり前後に動かすと少しだけフィリオの呼吸が乱れた。 「んっ、…んぐ、ぁ…、あ、…んんっ」 「…。」 そして、フィリオにぐしゃ、と髪をかきまぜられる。…と、思った瞬間、突然フィリオがぐっと腰を動かした。 「っん、ぐ?! き、急、…ぁにすん…っ!」 「…お前は」 そのままフィリオは冷めた表情のまま、抜けかけた昂りを再度俺の喉奥に突き入れた。 あまりの衝撃に息がつまる。 「こうやって他の客にも奉仕していたというわけか…確かに、お前を買った日も客のものを咥えていたな…」 ゾッとするくらい冷えた声が耳に届く。 「そうか…他の奴らはお前をこんな風に汚していたんだな…」 「っ、ぁあっ、…ん、ぐっ、げほっ、ごほっ」 口から一気に昂りが引き抜かれ、()せる。 体を丸めながら咳き込んでいると、腕を引かれ、乱暴にベッドに投げられた。 体勢を整える暇もなく、ぐい、と片足だけかかえられ、フィリオの肩にかけられる。 相変わらずフィリオの表情は冷たいまま。 "俺"のことなんて見てない、客と同じ目。 「や、嫌だ、フィリオ、変だ…怖い」 「怖い? 慣れているんだろう、これくらい」 そう言ってフィリオは、後孔にぴたりと自身の昂りを宛がった。 「ひ…っ!無理、無理だ!入んないから!」 「…黙っていろ」 「フィリオ!」 店に居る時にも、無理矢理()れてくる奴はいた。でも、まさかフィリオがそんなことをするなんて思ってなくて、恐怖と絶望で心が塗りつぶされていくのを感じた。 「いやだ…嫌だっ、やめ、やめてくれ!フィリオ、嫌だ…っ」 「"客"にもしていたんだろう?それなのに俺のことは拒絶するのか」 「そうじゃない!フィリオ、お願いだから、せめて慣らしてからじゃないと、嫌だ…!」 視界が歪む。嫌だ。泣きたくなんてないのに。こんなの、あんまりにも惨めじゃないか。 何よりもフィリオに「物扱い」されるのが嫌でたまらない。どうして。嫌だ。 でも、頭のどこか冷静な部分は「これが当然だ」なんて考えてる。だってフィリオは俺を買ったんだ。俺のこと玩具とか奴隷くらいにしか思ってないんだ。だから当然の扱いだ。俺を"俺"として扱ってくれているなんてどうして錯覚していたんだ。 涙が止まらない。 ぎゅ、と目をつぶって衝撃に耐えようとする。 …でも、いつまで経っても衝撃はやってこなかった。それどころか、足はいつの間にかベッドに下ろされていた。 混乱した頭のまま、恐る恐る目を開けると、困ったような表情のフィリオが見えた。 今までに見たことがないような顔だ。 「…泣くな」 フィリオが涙を掬いとるように口付ける。 優しくて甘い、いつもの空気。 「俺には、泣いて嫌がる奴を無理矢理に組敷く趣味はない」 「…、っ、くすぐったい…」 「やめてほしかったら泣き止め」 何度も何度もするものだから、くすぐったくて首をすくめてしまった。ふふ、と笑うと、フィリオは少しだけ安堵したようだった。 「…。なぜ泣いたんだ。そんなに俺に抱かれたくないのか」 「そういうわけじゃ、なくて」 「じゃあ、なぜだ。理由を言え」 言葉は上からだけど、いつもより余裕がないような声と、迷うような瞳に安心する。 少なくとも、さっきみたいに俺を「物扱い」するような目じゃない。 「店で」 「…。」 「俺のことを"俺"として扱ってくれた人っていなくてさ、人間扱いなんて、されなくて」 「…。」 「でもここに来たらさ、みんな俺のこと大切にしてくれて、初めて俺が"俺"としてここにいてもいいのかなって、思えたんだ。それはフィリオもそうで」 「…。」 「もちろん、俺は買われたんだから、フィリオが俺に何をしたって構わないってこと、分かってるんだけど」 「…。」 「でも…、何か、さっきフィリオに、昔みたいに、ただの物みたいな扱いされて、…っ、 そんな目で見られて…っ、何だか急に苦しくなって、悲しくなって…、ごめ、…俺…」 また涙が溢れてくる。 どうしてこんなに苦しくなるんだろう。 フィリオのこと、最初は怖いとしか思ってなかったし、今でもよく分からなくてどうしたらいいか悩むことはあるけど、でもなぜか… この人に"客"と同じような目で見られたくないと思った。 それは優しくしてくれたから、とか、俺のために何かしてくれたから、とか…そんな理由からなのかもしれないけれど。 「…。ニィノ」 それまで無言だったフィリオが、俺を起き上がらせ、そっと抱きしめた。気遣うようなその行動に、ドキドキと心臓が高鳴る。 耳元に唇が寄せられ、さらに緊張してしまう。 「…すまなかった」 「え」 そして、ぽつり、と呟いた言葉は意外なものだった。だってフィリオが俺に謝るなんて思わないじゃないか。 「何で…」 「お前を苦しめるつもりはなかった。ただ、過去にお前を抱いた相手に無性に腹が立っただけだ。だからさっきのあれは…八つ当たりのようなものだ。我ながら大人げない」 「そう、なんだ」 「お前のその声も」 「わ、」 そっと喉をなでられる。 「体も、瞳も、髪の毛一本でさえも…」 ゆっくりと体を辿られ、目元に口付けられ、頭にもキスをされる。 「全てが俺のものだ。…だが、そこにお前の意志もあってほしい」 「意志…」 「俺だけのことを考え、俺だけのために生きる…そんな『ニィノ』という人間が、俺はほしい」 「…っ、フィリオ…」 「それが"物扱い"だと言われればそれまでだが、それでも俺は、お前がほしい」 まっすぐに見つめられ、顔に熱が集まる。それに、さっきから心臓の音がうるさいくらい鳴っている。 「…俺のことが…ほしい…」 「そうだ」 そっと顔が近づき、唇を重ね合わせられる。 …拒否は、しなかった。 「ん…、ぁ…フィリ、オ…」 「お前のすべてを塗り替えてやりたい」 ゆっくりと口内を舌が辿る。 くすぐったさと気持ちよさが交互に感じられて、その甘い感覚に酔っていく。 ぽーっとしながらキスを受け入れていると、後孔を濡れた指でぐにぐにと圧迫される。そして、その指がつぷりと難なく入り込んできた。 「…っあ…」 「一本なら余裕で入るが…これではまだ狭いな」 ゆっくりと時間をかけながら、フィリオが後ろをほぐしていく。指がどんどん増えていき、広げるように動かされて体が震えてしまう。 …気持ちいい。 「まだ俺に入れられるのは嫌か?」 「…、…フィリオは」 「何だ」 「その…俺とシたいって、思ってる?」 「思わなければこんな風にならないだろう」 手をとられ、フィリオの昂りに押し当てられる。その熱さと固さにビックリして、目線を反らしてしまう。 「…こ、ここまで、しておいて、挿れないのは、…俺だって、困る…し」 弱々しい声でそう答えると、「そうか」という声と共に、フィリオが俺を少し浮かせ、フィリオをまたぐように抱えられた。 「っ、フィリオ…?」 「簡単には飛ぶなよ」 「え…?」 呆けてる間に後孔に昂りが宛がわれ、そして下から、ぐっ、と強く突き上げられた。 「ひぁっ?!」 体勢的に、いやでも深く突き刺さってしまう。衝撃で目の前に星が散る。 フィリオの肩に爪を立て、目をつぶり、唇を噛みながら快感に耐えるけど、断続的に声が漏れてしまう。 「やっ、ぁ、あ、んん…っ、深い…っ」 「っ、ニィノ、俺を見ろ」 目を開けると、切羽詰まったようなフィリオが見えた。その表情を見て、なぜかまた無性に泣きそうになった。 でもさっきとは違って、今度は胸がいっぱいで…あったかくて、満たされた感じがして…苦しいのに、嬉しいような、初めての感覚だった。 俺は、この時初めて「この人に好きになってほしい」と思っていたんだと、自覚した。 隣に並び立ちたいと願うのも、苦しいのも、悲しくなるのも、嬉しくなるのも全部全部… フィリオに"俺"を好きになってほしいから。 フィリオのことが、…好きだからだ。
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