第4話 屋敷の住人たち

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第4話 屋敷の住人たち

「屋敷の敷地内ならば自由に動いて構わない」 フィリオはそう言うと、俺に鍵の束を投げて寄越した。慌ててそれを受けとり顔を上げると、もうそこにフィリオの姿はない。 「……俺に鍵、預けていいのかよ」 これを使って逃げるとは考えないんだろうか。 それとも、もしかしてこの鍵に逃げられないような仕掛けでもしてあるんだろうか。 色々な角度から見てみるが、外装は至って普通の、シンプルな鍵だ。 「暇だし…探索してみるか」 着ている服が女物なのが気がかりというか恥ずかしいというか…本当は出たくないけど、特にやることもないから、俺は部屋の外に出てみることにした。 恐る恐る扉から顔を出す。 目に入るのは、赤絨毯が続く長い廊下。高そうな絵に花瓶、豪華な花。キラキラしていて目に痛い。 「金持ちなんだな、あの人」 俺をかなりの値段で買ったみたいだから、それなりの金持ちだとは思ってたけど。 「あのぅ」 「ひゃ?!」 廊下をじっと見つめていたら、後ろから声をかけられた。ばっ、と振り向くと、メイド服姿の女の子と、昨日俺を湯船で洗ってくれた少年がいた。 「あ!申し訳ございません。驚かせてしまいましたね」 「いや、その、大丈夫…ええと、?」 困ったように言葉を詰まらせると、女の子がにっこりと微笑みながら「エイミと申します」と名乗ってくれた。 「エイミさん」 「まぁ!どうか呼び捨てになさってください。私たちは使用人ですから」 「え、いや、そういうわけには」 「ふふ、ニィノ様は私たちにも分け隔てなく接してくださるのですね。嬉しいです。でも、どうか呼び捨てに」 分け隔てなくっていうか…むしろ俺は使用人よりも地位は低いし。金で買われたペットか人形みたいなもの。人扱いしてもらえない存在だ。 あ、俺はこの人たちの下、雑用したりするのかも。とりあえず優しそうでよかった。 「そ、そうですよ!僕たちに敬称をつけるなんて、旦那様に叱られますよ!」 「そ、そうなの?それもそれでどうなんだろう」 「旦那様は怖いんですよー!」 「こら、イル。奥方様にそんなことを言うもんじゃないわ」 「でも…!」 ん…? 奥方様? 「奥方様、って…?」 「まだ実感がございませんか? でも大丈夫です、あの頑固…こほん、少々気難しくて厳しいところがある旦那様がお選びになったんです。自信をお持ちになってください」 にこにこと微笑むエイミが言った言葉を反芻(はんすう)する。奥方様。妻。フィリオが選んだ。話の内容からして、それは、俺。 「ええええええ?!妻?!俺がフィリオの?!」 「…? はい、もちろんです。旦那様がお連れになって、ニィノ様を妻になさると仰っていました」 どういうことだ。 どういうことだ?! 「あ、あの、聞いてもいい…?」 「はい、何なりと」 「フィリオは…本当に俺を妻にするって言ったの?」 「ええ。『嫁を買ってきたぞ!』とそれはそれは意気揚々と帰ってこられました」 「嫁を買ってきた…」 嫁を買う? 俺の感覚とはかけはなれたものだ。 結婚っていうのはもっとこう、神聖で、お互いの合意のもとに結ばれるものなんじゃないのか。 「何かの間違い、とか」 「ニィノ様」 「え、な、何?」 エイミが俺の手をぎゅ、と握り目線を合わせてきた。ちょっと近い。とても近い。目力やばい。 「大丈夫です。確かに旦那様は周りから、競合した相手や身内の者を、骨の髄まで吸い尽くして破滅させる悪魔だと評されることはあります」 え。何か恐ろしい言葉が聞こえてきたぞ。 「そのせいからか、旦那様は自ら結婚を遠退けてしまっていました。お見合いも何もかも断って…そんな旦那様がニィノ様と結婚したいと思ったのです。きっと、ニィノ様は旦那様の冷たく凍った心を溶かしたのです…!」 「会ったの昨日、だけど…」 しかも殴ってしまいました。 まぁ、最後は満足げにしていたけど。 「日数など関係ないのです!」 「姉さん…ニィノ様の顔色が青く…」 絶対フィリオは俺のことを嫁扱いしてない。 されるわけがない。何の取り柄もない俺に、こんな金持ちの人の伴侶が務まるわけがない。 「大変!すぐお部屋にお戻りになってください!お医者様を呼んできます!」 「えっ、え?!」 俺はイルの肩に担ぎ上げられ、寝室に戻されてしまった。見た目は華奢なのに意外と力持ちだ…! 「待って、大丈夫だから!元気だから!俺は外の探検がしたい!」 「体調が良くなりましたら、いくらでもお連れ致します!今は寝ていてくださいまし!」 俺はベッドに強引に寝かされた。そしてどうやらエイミは本当に医者を探しに行ってしまったようだ。 「だ、大丈夫なんだけど」 「ダメですよー!ニィノ様に何かあったら、旦那様はものすごく、ものすごく怒ります!」 「そう、かな…?」 会ったばかりの人を評価するには、まだ情報が少なすぎる。"旦那様"…フィリオは一体、どんな人間なんだろう…?
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