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第5話 誓約※
「…。これは何の騒ぎだ?」
「あ、いや、その…診てもらってます」
「なぜだ」
「ええと…」
エイミとイルに部屋に運ばれ、本当に医者が飛んできた。老齢の医者は顔面蒼白で、俺に触れるのも躊躇っていた。
不思議に思って聞くと、どうやら俺がフィリオの伴侶になったという話は結構広まっているらしく、粗相があってはならないと怯えていたらしい。
「あ、あの、フィリオ様。本日もご機嫌麗しく、…ないですかな…?」
「こいつはどこか悪いのか」
「あ、いえ、健康ですぞ!あー、あー…でも、そうですな…」
え。
言い淀む医者に不安になる。
もしかして本当に悪いところがあるのか?
「栄養不足が否めないかと」
「そうだろうな。しかし俺のものになったからには栄養不足になどさせない。心配無用だ」
「は、はい!」
可哀想なくらい医者は震えている。
さっきエイミが言っていた物騒な単語が頭をよぎる。
「あ、あの…他には、特に問題はないんですよね」
「え?あ、ああ、そうですな…ただ、その…今度、傷によく効く薬を持って参りましょう」
「あ…」
身体中に、店にいた頃つけられた折檻の痕が残ってる。それは店のオーナーにつけられたものもあるし、客につけられたものもある。
あまり思い出したくない過去だ。
ぐ、とシャツを握りしめる。
「…おい、診察が終わったのなら帰れ」
「は、はい!直ちに!」
医者は脱兎のごとく逃げ出した。
一度もフィリオに目を合わせることがないように見えた。
「ニィノ」
「わ、?!」
両手で顔を挟まれ、顔を固定される。目線が合うと、瞳が近く感じられた。相変わらず、吸い込まれそうなくらい綺麗な色だ。
「お前は今、何を考えている」
「え、えっと…」
「…躾が必要か?」
「い、嫌です! あ、あの、昔のことを、思い出していました!」
そうだ。答えが遅いと、この人は不機嫌になる。というか、今まで自分の言葉を伝える機会なんてほとんどなかったから、新鮮な気持ちになる。怖いけど。
「敬語を使うな」
「は…、う、うん」
「お前は俺が言ったことをあまり理解できていないようだ」
「そ、そんなことないと思う、けど」
「いいや。分かっていない。お前はこの俺が買った、俺だけのものだ。それをもっと自覚しろ」
「…、そのこと、なんだけど」
「なんだ」
「俺、フィリオの嫁になったの…?」
「そうだ」
あっさり答えられて拍子抜けしてしまう。
やっぱり嫁なんだ…。
「俺、男だけど…」
「知っている」
「じゃあ、本妻がいる、とか」
「なぜ面倒な結婚を何回もしなければならない?」
「え、俺だけ?」
「そうだ。俺は結婚に関しては何ら夢や希望など抱いていない。煩わしいとしか思ってこなかった」
「…? じゃあ、何で俺と結婚なんて…?」
問うと、フィリオはにやりと笑った。
そんな様もカッコいいけど、どうしてだろう、すごく不安な気持ちにさせられる。
「当ててみろ」
「え、そんな、急に言われても」
「まぁいい…答えは後日聞くとしよう」
そのままぐい、と引き寄せられ、フィリオの膝の上にすっぽりと体がおさまる。
「今日は、これから俺のことだけしか考えられないように、じっくりと体に教え込んでやる」
**
「…っ、フィリオ、も、無理…っ」
「何だ、音をあげるのが早すぎないか?」
ぎゅ、とシーツを掴む。
うつ伏せの格好は恥ずかしくて苦手だ。
というか、何度達せられたのか分からない。
分かるのは、俺の出した精液でベッドのシーツがぐちゃぐちゃになってしまったことと、フィリオがまだ達してないということ。
フィリオが俺に求めてきたことはひとつだけ。
何もしないこと。
奉仕しなきゃいけないと思っていた俺の予想は大きく裏切られた。まぁ、しなくていいに越したことはないんだけど。
でもそれなら尚更、俺を…そういうことに長けている男娼を買った意味が分からない。
「フィリオ、も…やだ…」
「俺が言ったことを忘れたのか」
「忘れて、な…っひ、ぁ!」
「この身体も、声も、思考も…すべては俺のものだ」
「っ、ん、っあ!ぁ、あぁ…」
指で前立腺を擦られる。激しく動かされる指に身体は浅ましく反応する。脳内が焼き切れそうな快感に酔ってしまう。
「俺は、フィリオ、の…っ」
「そうだ。お前は俺だけのことを考えていればいい」
部屋に淫猥な音が響く。
腰が自然と揺れ、もっと絶対的な質量が欲しいと後孔が収縮する。
「フィリオ…っ、も、ほし…っ」
「…随分と蕩けた顔をしているな」
背中にちゅ、と口付けられ身体が跳ねる。
今までの客は前戯なんてほとんどしてこなかったし、ましてや口付けたり、撫でたりといった優しさを見せられたことがない。
「なん、何で、優しく、するんだ…っ」
「優しい? 全く、店でどんな扱いを受けてきたんだ…」
指が引き抜かれ、ぴたりと熱杭が当てられる。待ち望んでいたそれが宛がわれたことで、身体は期待に震え、受け入れる体制が整う。
「っ、っ、ぁあ!あ、あっ、ぁ…!」
「くっ、すごい締め付け、だな…っ」
ぱちゅんぱちゅんと濡れた音が響き、嫌でたまらない行為のはずなのに、焦らされ、待たされたせいなのか、媚薬を飲まされた時のように感じてしまう。
「っや、いやだっ、おかし、おかしく、なる…っ」
「おかしくなればいい」
フィリオが後ろでにやりと微笑むのが分かった。そして、左の手の甲を包み込むようにフィリオの手が重なる。
そのじんわりとした温かさに目を細める。
しかし、次の瞬間、
「っ?!あぁっ、い…った…!」
「我慢しろ。すぐに収まる」
左手の薬指の付け根に尋常じゃない痛みが走った。涙がこぼれる。
一体、何。
「泣くな。誓約の印を刻んだだけだ」
「誓約の、しるし…?」
でもそれは、主人と奴隷が結ぶための…
やっぱり俺は人以下の存在としてここに置かれるために囲われたのか。
フィリオの温かさと、快楽を与える熱さに酔いしれていた俺の頭は、サァ、と血の気が引いていくように冷えていくのが分かった。
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