第6話 何ができるのか

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第6話 何ができるのか

ふ、と目が覚めたとき、辺りはほのかに明るくなっていた。 徐々に視界が暗闇に慣れてきて、フィリオの部屋のベッドの上にいると分かる。 どうやら、体を重ねたあと気を失ってしまったようだ。ちらりと隣を見るとフィリオが眠っている。その姿も何だか様になっていてちょっと腹立たしい。 左の薬指がじんじんと痛みを訴える。 契約をしてからしばらくはこの痛みと戦うことになると聞いたことがあるけど、いつ痛みはなくなるんだろう。 手をかざし、薬指をぐるりと囲むように刻まれた誓約の印を見て、深くため息を吐いた。 この国は"魔法"の力で序列が決まる。 力が強ければ強いほど確かな地位が約束され、将来は安泰。 特にこの国が他国と決定的に違うのは、本来は精霊としか結べないはずの契約が、対人間にも有効だという点、…らしい。 詳しくはよく知らないけど、この国の魔法使いが、精霊と結ぶよりも強制力の強い術式の『誓約の印』という魔法を生み出したんだとか。 しかも主人の気持ちひとつで激痛を走らせることもできるらしい。 俺なんかは、新しいものを生み出すその勤勉さを他に使えなかったのか?と思うけど。 「…やっぱり奴隷、か」 ぽそり、と呟く。 嫁、だなんて周りに言っている癖に、やっていることは結構えげつない。これで本格的に俺はフィリオから逃げられなくなったということだ。死ぬまでこきつかわれて、ぼろ雑巾のように捨てられるんだろう。 少しでも長生きするためには、フィリオの役に立たないといけない。 でも俺に何ができるだろう? 「…、わ?!」 ぐるぐると悩んでいると、突然抱き寄せられた。腰も足も頭もガッチリと押さえられて、身動きがとれない。 「な、な、なん、」 「……起きるには、まだ早い…もう少し寝ていろ…」 「く、苦しい」 「慣れろ…」 無茶苦茶なことを言う! でも物理的にも精神的にも逆らう術を奪われている現状では、どうすることもできない。ただ言うことを聞くしかない。 (起きたら、何をしたらいいのか聞いてみようか…でも聞かないで自分で動いた方がいいのか…?) そういえばエイミとイル、だっけ… あの二人ならフィリオのことも詳しそうだった。話した感じでは、俺に嫌悪感は抱いてない様子だったし、聞けば答えてくれるかも。 じ、と息を潜めていると、フィリオはうっすらと寝息を立て始めた。そうっと腕をどかしてみる。起きない。 「よ、よし」 奴隷になったのに自由があるなんておかしな話だけど、特に繋がれてるわけでもないし。敷地内は自由に動いていいって言われたし。 俺は眠るフィリオの腕から抜け出して屋敷内を探索することにした。 「ひとまず…あの二人を探そうかな」 刻まれた印がジクジクとした痛みを訴えてくるけど、我慢。フィリオは俺を労働力として買い取ったんだから、働かないと捨てられてしまう。 「……あ」 屋敷内を歩いていると、庭で落ち葉掃きをしているエイミを見つけた。鼻歌まじりに掃いていて楽しそうだ。 「あ、あの、…エイミさ、…エイミ!」 「え?奥方様!どうなさったのですか?こんな所まで…!もう歩いても大丈夫なのですか?あ、もしかして道に迷われましたか?分かります、この屋敷広いですものね。私も勤め始めはよく迷っていました。無駄に広いんですもの、この屋敷。旦那様の見栄、…こほん、金にものをいわせた作りだということを存分に実感することのできるデザインですよね!」 矢継ぎ早に繰り出される言葉に呆気にとられていると、エイミは恥ずかしそうに頬を染めた。 「あら、いやだわ、私ったら。奥方様に声をかけていただけた嬉しさで、つい」 「あ、いや、その…大丈夫だ」 「そうですか? ふふ、奥方様がお優しい方で良かったです!」 「あ、はは…って、あのさ、エイミ」 「はい、何でしょうか」 「俺にも何かできることない?」 気圧されつつも本来の目的を伝える。 するとエイミは、一瞬キョトン、としたあと、困ったように微笑んだ。 「奥方様にお仕事をしていただくわけにはいきませんわ」 「でも…何かしたいんだ。フィリオだってきっと、何かさせるために俺を連れてきたんだよ」 「旦那様がですか? いえ、そんなことは…でも…、…んー…」 エイミは目をつぶり、少しの間考え込んでからパッと顔を上げた。そして、なぜかいたずらっぽい笑みを浮かべながら俺の手を握ってきた。 「では、奥方様。お願いしたいことがあります!」 「う、うん。何?」 「こちらに来て下さい!」 そう言いながら、エイミは俺を調理場の方へ連れていった。
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