第7話 お前の仕事は

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第7話 お前の仕事は

「さぁ、お召し上がりになってください!」 「い、いただきます」 エイミが俺を連れてきたのは厨房だった。 ここで炊事をするのかと思ったのに、なぜか俺は、机の上に所狭しと並べられたケーキを食べることになっていた。 というか、量多い。何だこの量は。 「あ、あの、お口に合わなかったらすいません…!」 フォークをつかんだものの、いまいち状況が分からずに固まっていると、イルがおどおどした様子で声をかけてきた。 「味に関しては保証致しますわ!イルはお菓子作りが得意なんですよ」 「ね、姉さん、ハードル上げないでよ」 ウキウキとした様子のエイミに比べて、イルはかなり困っている様に見えた。不思議に思いつつ、試しに手近にあったケーキをひと欠片、ぱくりと食べてみた。 「…あ、おいしい」 「ですよね!!」 「うん、ほんとに美味しい。こんなに美味しいケーキ、初めて食べた」 「イル!聞いた?!聞いた?!」 「聞いたから、姉さん、落ち着いて。奥方様がビックリしてるから…!」 呆気にとられていると、エイミがぐいっと近寄ってきた。やっぱり近い。圧がすごい。 「イルはご覧の通り、かなり消極的で悲観的なんです。こんなに、…もぐ、美味しいのに!私以外の方にもこの感動を伝えたくて、奥方様をお連れ致しました!」 「そうなのか。…自信、持っていいんじゃないか?こんなに美味しいんだから」 素直な気持ちを伝えるとイルは真っ赤になってしまった。そして、「ありがとうございます…」と小さな声で呟きながら、笑顔を見せてくれた。 「やっぱり奥方様はお優しいですね!」 「あ、いや、というかほんと、そういうんじゃないから。それと…仕事させてほしいんだけど」 「仕事、なさっているじゃありませんか」 「え」 「味見も立派な仕事ですわ!」 「えぇぇ…」 「さぁ、奥方様、こちらをお召し上がりになって、感想をくださいませ。選んでいただいたものは、食卓に並ぶよう手配致しますからね!」 満面の笑みのエイミに何も言えなくなり、俺は仕方なくケーキと格闘することにした。 またひと欠片、口に運ぶ。 うん、美味しい。 店の客がばらまいていた、どの高級菓子よりも美味しい。 (とりあえず、せっかくだからエイミやイルにこの屋敷のこととか聞いてみようかな。) 顔を上げると、二人がニコニコとこちらを見ていた。何だか恥ずかしい。 「こ、この屋敷って静かだよな。俺、まだフィリオとエイミとイルにしか会ってない」 「時間帯によってばらつきがある感じですが、確かに常駐の者は少なめだと思います。私たち以外はほとんど自宅からの通いですし」 「え?そうなんだ」 意外だった。お金持ちの家にはたくさんの人が働いていて、その人たちも(棟はきっと別だろうけど)そこに住んでいるんだって思ってた。 「旦那様は、『自宅があるならそこに帰れ』と仰るんです。基本的には常駐しているのは、私たちのような身寄りがない者だけですわ」 「そうなんだ」 「旦那様がそのようなことをするのは、」 「ずいぶん楽しそうに話しているな?」 話を聞きつつ、2個目のケーキにフォークを刺した瞬間、突然頭上から声が聞こえてきた。驚いて振り返る。 「フィ、フィリオ」 「起きたら居ないとはどういうことだ」 「あ、いや、その…ええと。あ、よく寝てたから、起こすのも悪いなぁ、と」 「今後は俺より早くベッドから抜け出すことは許さん。こんなことなら、足腰が立たなくなるまで抱き潰してやればよかったな」 「…、…!!」 その言葉に、カッと顔に熱が集まる。 エイミやイルがいる前で何を言ってるんだこの人は!! 羞恥心ってもんがないのか?! 「な、なん、何てことを」 「問題があったか」 いたたまれなくなって目線を外すと、エイミと目が合った。にこりと微笑まれるが、違うそうじゃない。むしろその気遣うような笑顔が辛い。 しかもエイミは、フィリオと俺を交互に見て、突然ハッとしたような表情になり、イルの腕を引っ張った。 「それでは、わたくしたちは仕事に戻りますね。さぁ、行くわよイル」 「姉さん、ちょ、力強すぎる…!そ、それでは失礼します!」 「えっ」 あっという間に二人は厨房から去っていった。この状況でフィリオと二人きりとか嫌すぎるんだけど…! 「イルの菓子か」 「え、あ、うん、食べさせてもらって」 「そうか」 そう言うと、フィリオは俺の隣の椅子に腰かけた。そしておもむろにフォークを手に取り、手近にあったケーキに刺す。 「口を開けろ」 「え、あ、…むぐっ」 「食わせてやる」 しかも、あろうことか俺に片っ端からケーキを食べさせ始めた。有無を言わせないその行為に、ただ口を開くしかない。 「…、んぐ…むぐ…、…ん」 1つ、2つ、3つ… 合間に飲み物を交えつつ食べていると、次第に意識がぼやけてきた。体が全体的に重だるくなって、胃の辺りがぽかぽかとあたたかい。そして座ってる感覚すらおぼつかなくなっていく。 「な、何か、くらくらする…」 「ん?…ああ、なるほど、これか」 「?」 フィリオが1つのケーキをまじまじと見つめながら、とても楽しそうに笑った。意地悪そうな笑みだけど、やっぱり綺麗だなぁと思う。 「ニィノ。お前はなぜ厨房にいた?」 「俺ができる仕事…、探してて」 「仕事?」 「そしたら、エイミがここに連れてきてくれて、それで、ケーキ食べてた。『ケーキの味見も仕事です』って、言ってた」 「なるほどな。しかしなぜ仕事を探す必要がある?」 「だって、フィリオは俺のこと、買った」 「…。お前は」 じっと見つめていると、突然強い力で引き寄せられ、俺はいつの間にか口付けられていた。後頭部を押さえられてるから身動きがとれない。 「は、ふ…ん、んぁ…あ、あっ…んんっ」 薄く開いた口に侵入した舌が、口内を蹂躙する。歯列をなぞったり、舌同士を絡めたり…くすぐったいそれに、快感に似たぞわりとした感覚になる。息さえ取り込むような深い口づけに、正常な判断力が奪われていくような気がした。 「…ふ、甘いな」 「あ、ぅ…フィリオ…」 そっと左の薬指をなぞられる。 誓約の印が刻まれたその部分は、まだピリピリとした痛みを訴えてくる。 隷属の証を刻んだくせに、俺に触れるその手は優しい。 「お前の仕事は、」 抱きすくめられ、耳元に熱を感じる。 払いのけることもできず、ただぼんやりとフィリオの体温を受け止める。 「俺に愛でられ、俺のために生き、毎日俺のことを想うことだ。余計なことは考えるな」 「フィリオの、ため」 「そうだ」 その言葉を最後に、俺は意識を手放した。
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