第8話 愛されてるのかと、錯覚する

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第8話 愛されてるのかと、錯覚する

どうやら俺が食べたのは洋酒がふんだんに使われたケーキだったらしい。しかもイルが分量を間違えて、ものすごく度数が高めなお酒をふんだんに使っていたんだとか。 翌日頭が痛くて起き上がれない俺に、イルがすごい勢いで謝りながら説明してくれた。 いや、でもイルは悪くない。悪いのは、それを察していて、なおかつ俺にそればかり食べさせたフィリオだと思う。 「あれくらいで二日酔いになるとはな」 しかも当の本人は悪びれる様子がないときた。ものすごく腹立つ。 「あんまりお酒、飲んだことないから…仕方ないと思うんだけど」 「ガキだな」 「む。…どうせ酒も飲めない、文字も読めない書けない奴ですよ」 「ほう、読み書きができないのか。店では教えてもらえなかったのか?」 「学をつけたら面倒だって。逃げたりとかされちゃうから」 「…。なるほどな」 わしゃわしゃと頭をなでられる。 う。ダメだ、気持ち悪いし、頭ガンガンする。 「水分をしっかりとっておけ。食事にも手をつけろよ」 そう言ってフィリオは去っていった。 部屋が急に静かになる。 …何だか無性に寂しくなった。今までは一人で居てもこんな風に思うことはなかったんだけど。 そういえば、フィリオに買われてから一人になる時間ってほとんどなかったな。 (きっと忙しくて疲れたから、そんな風に思うんだ) ゆっくりと目を閉じる。 ふかふかのベッドは、俺をゆっくりと眠りの世界に連れていった。 ** フィリオが帰ってきたのは夜になってからだった。ぼんやりと窓の外を見ていたら、やたらにきれいな馬車が止まっていて、そこから降りてくる姿が見えた。 俺はというと… 1日寝ていたらだいぶすっきりした。 食事もおいしかったし、頭痛も引いた。 「帰ったぞ」 「え、あ、うん。ここから見てた」 「ん」 部屋に来るなり、フィリオは両手を広げ、俺の方を見た。 何してんだ?という顔で首を傾げると、みるみるうちにフィリオの眉間に皺が寄っていく。 「な、何?」 「俺が帰ってきたら、可愛らしく出迎えろ」 「か、かわいらしく…?」 「来い」 「え、あ、うん…」 よく分からないまま近づくと、腕を引っ張られてフィリオのたくましい体に受け止められた。 「まずはこうやって抱きついて、『おかえりなさい』と言ってみろ」 「え。…本気で言ってる?」 「当たり前だ」 「…、…お、おかえりなさい」 「ああ、ただいま。ニィノ」 何だかむず痒い。何なんだこれ。何がしたいんだこの人。これじゃ、まるで…ほんとに結婚したみたいだ。 「今日は勘弁してやるが、普段は…」 指で唇をたどられる。その手つきにぞわりとしたものを感じてしまう。でもそれは、フィリオがわざとやってるからだ。そうに違いない。それ以外ない。 「キスもしてもらおうか」 「は…」 「毎日出発と帰宅の時にやれ」 「お、俺からってこと?!」 「他に誰がいる」 あまりのことに頭がついていかない。 この人の考えが俺には分からない。 「それと、今日から夜はこれを読め」 「…?」 呆けていると、フィリオが一冊の本を差し出した。受けとって中身を見ると、挿し絵が主となっている絵本だった。 「いや、だから文字読めないって」 「特訓だ」 「…特訓?何の?」 「俺の伴侶に学がないのは我慢ならない。付き合ってやるから読めるようになれ」 「…」 そりゃ、読めるようになるのは嬉しい。 でもこれはつまり、フィリオに絵本を読み聞かせるってことで… 「ふ、ふふ…ふ…」 「何だ。なぜ笑う」 「いや、なんか、まるで俺がフィリオのこと寝かしつけるみたいで、…ははっ、想像すると笑う」 「失礼な奴め。…まぁいい。それと、明日からは家庭教師に来てもらう」 「家庭教師?」 「俺は仕事もあるからな。雇っておいた。みっちりしごかれてこい」 …俺のため。 伴侶に学がないのは、と言ってたから純粋に俺だけのためではなさそうだけど、そっか、俺のために雇ったのか…。 くすぐったい嬉しさを感じながら、俺は手渡された絵本をぎゅ、と抱きしめた。
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