第1話 愛玩人形 ※

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第1話 愛玩人形 ※

「いいか、絶対に逆らうな。愛想を良くしろ。お前は感情に乏しくて、いつも決め手に欠けると言われているんだ」 「…」 俺はこくり、と頷き主人を見た。 ただ、愛想を良くしろと言われてもどうすればいいのか分からない。このままだとまた罰を受けることになってしまう。それだけは避けたい。 「ああ、それと、今日はお前の"味見"もしたいそうだ。身なりを整えろ。風呂へ入ってこい」 「…はい」 ここは闇を抱える場所。人の売買が行われる陰の市場。俺に親は居たはずだけど、記憶にない。物心つく前に死んでしまって、それからは親戚をたらい回しにされ、挙げ句の果てにこんな場所に売られてしまった。 逃げようとしたこともある。でも、そうすると手酷い折檻(せっかん)を受ける。鞭で打たれたり、棒で殴られたり、火掻き棒を身体に押し付けられたこともある。 逆らうことも、逃げることも叶わず、客の機嫌を損ねると何日も食事を抜かれ、寒い場所に放置された。 そんな生活を続けていたら、いつしか俺は、自分で自分を管理するのを諦めていた。 言われたことを忠実にこなす自分は、自分じゃない。勝手に動かされている人形と同じ。そう考えないと、心を保つことができなかった。 見目や体が気に入られれば買われることもあるようだけど、俺は感情を表に出せないし、赤い瞳は避けられているらしい。今まで一度もそんな話が出たことはない。 それは、幸せなんだろうか。不幸なんだろうか。 ** 「ほら、もっと口を大きく開けろ」 「う…、ぁ、が…ぐ…」 俺の口内を屹立(きつりつ)したものが穿(うが)つ。不快で気持ち悪い。その行為も、匂いも、髪を強く引っ張られる感覚も嫌だ。 「こっちにも集中しろよ!」 「んぐ!ぁ、あぅ!…っ!」 後孔を貫いていた人物が尻を叩く。反射的に締めると、「この淫乱が」と心ない言葉でなじられた。痛みと熱で生理的な涙が溢れてくる。他の手は俺の昂りや乳首を痛いほどに擦ってきて、気持ちよさなんて欠片もない。それでも萎えないのは、行為の前に飲まされた薬のせいだろう。 …汚い。 こんな薄汚れた人形を、誰が欲しがるというんだ。 早く終わらないだろうかと、今にも擦りきれて壊れそうな頭でぼんやり考えていると、突然扉が開いた。 「……おい、貴様ら」 「ああー? なんだてめぇ、こいつは今俺たちが味見してんだよ。順番待ってろや」 「……」 下卑た笑いを浮かべる男たちへと、カツカツと高らかに靴を鳴らしながら近づいてきたのは、長身の男性だった。逆光で容姿はよく分からない。次はこの人の相手をするのか…と気が滅入る。 「がっ……!」 突然、俺をなぶっていた男が一人蹴り飛ばされた。呆気にとられて見ていると、さらにもう一人蹴りあげられた。 すると、今度は別の声が扉の奥から聞こえてきた。あれは、主人か。 「だ、旦那~!やめてくださいよ!お客さんに手を出さんでください!」 「黙れ。俺を誰だと思っている。なぜこいつらに指図されねばならんのだ」 「いやいやそう言われましても…」 「おいこら!こいつは何なんだ!」 俺の口内を好き勝手していた男が立ち上がり、青年に殴りかかる。しかし青年は少しずれただけで避け、それだけでなく、足をかけて男を転ばせた。さらに、転んだ男の頭を踏みつけて蔑んだ目を向ける。 「俺はヴィーデナー家の当主だ。ここ一帯を取り仕切る頭くらい顔を覚えておけ。愚か者が」 「ちょ、旦那、それくらいに……」 「いくらだ」 「は?」 「こいつの今の値段はいくらだと聞いている」 「え?あ、ああ、そいつは…ええと、」 「まぁいい。その5倍出してやろう。こいつを寄越せ」 「お、お買い上げなさるんで?!」 主人の言葉を無視し、青年は俺のそばへと歩み寄る。何だか怖くなって後ずさるが、いつの間にか壁際に追いやられていた。 …何だ、この状況…。 「お前の名前は?」 「…、…」 驚き、硬直する俺のあごをとり、強引に目線を合わせられる。冷たい深海のような、深くて綺麗な青。思わず見惚れていると、眉間に皺が寄せられた。そして、鋭利な目に射竦められる。 「…俺の言葉には、3秒以内で答えろ」 「っ!」 「もう一度だけ聞いてやろう。お前の名前は」 「…っ、に、ニィノ……」 「そう、それでいい」 青年は満足そうに、にやりと笑う。 「お前は今日から俺の所有物だ」
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