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第2話 瞳の色
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「お前は言葉を発することが苦手だな」
"旦那様"は、イライラした様子で俺を見る。怖い。
「ご、ごめんなさい」
「謝るな。面倒だ」
そして自分勝手。いや、俺はこの人の所有物になったのだから、自分勝手に扱うのは間違っていないのかもしれないけど。
「それと、1つ言っておこう。お前は俺のことを考え行動し、俺のために生きればいい。他のことに気をそらしたら許さん」
「…はい」
今、俺は馬車に揺られながら屋敷を目指している。本当は買い上げられる前に身なりを整えるけど、俺はあの後すぐに連れ出され、服も靴も落ちていたものを適当に身に付けた。
濡れタオルで体を拭くことはできたものの、せめてお風呂には入らせてもらいたかった、というのが正直なところだ。
お腹の中が気持ち悪い。吐き気がする。
この馬車を汚してしまったら怒られるかな。殴られてしまったらどうしよう。痛いのは嫌いだ…。
「お前はなぜ泣きそうな顔をしている」
「…え…」
不思議そうに見つめると、ぐい、と指で顎をすくわれる。目の前に端正な顔立ちが見えた。
…この人、顔を近づけるのが好きなんだろうか。
「もう俺の言ったことを忘れたのか」
「…っ、あ、あの」
「俺の問いにはすぐに答えろ」
「な、泣きません…!」
「ほう?」
離してほしいと目で訴えかけると、思いの外すんなりと手を離してくれた。
「お前は俺に買われて悲しいんだろうな」
「そんなことは、」
「あいつらに買われた方がよかったか? 今ならまだ戻ることもできる」
「それは嫌です…っ!旦那様がいいです!」
ぶんぶんと首を振ると、"旦那様"は大層嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。
(さ、最低だこの人…!)
「家についたら風呂に入ってもらう。そこで他人の手垢は全て落とせ」
「…は、はい」
無理矢理連れてきた人がよく言う。
それならお風呂に入れてから移動させればよかったんだ。
「この髪も整えれば様になるだろう」
色々とカチンとくることを言われたものの、髪をいじられ、何だかくすぐったい気持ちになる。こんな風に優しく触れられたことがないから、何というか、妙な気分になる。
じっ、と"旦那様"を見つめる。
数時間前に初めて会ったときはよく見えなかったけれど、この"旦那様"は、なかなかに顔立ちが整っている。
不機嫌そうだけど精悍で整っている顔や、キラキラと銀色に輝く髪、冷たい深海を思い起こさせる濃いブルーの瞳。男の俺が見ても、カッコいい、と思う。男らしい体躯も羨ましい。
「…。俺の顔に何かついているか?」
「え。あ、その、ご、ごめんなさい。き、綺麗な瞳だなぁ、と…」
「瞳?」
訝しげに目を細められ、失礼だっただろうかと身が縮む。
「それはお前だろう」
「…、…え…?」
「お前の瞳は宝石のようだ」
「…ほ、宝石…ですか?」
真っ赤な瞳は、色々な人に気味悪がられることが多く、そんな風に言われたことはなかった。この人の真意が分からない。
「…美しい色だ」
「うつ、くしい…?」
「屋敷が見えてきたな。降りる準備をしておけ」
促されて窓の外を見ると、豪華で大きな屋敷が見えてきた。
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