プロローグ

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プロローグ

 後悔させてやる。  俺は目の前の男を睨んだ。一方の相手は、あたかも俺に興味を示していないような態度で空を見上げる。やはりヤツは俺のことを甘く見ている。  銀色の短髪を風に靡かせ、魔術師のような黒装束を身に纏った高身長の男。その装束の隙間からチラリと見える引き締まった肉体は、圧倒的なまでの強者オーラを放っている。 「貴様の成長、見定めさせてもらおうか」  彫りの深い顔によく似合う、凛々しくも芯の通った声は俺の神経を逆撫でする言葉をただ紡いだ。まるで俺を煽り立てているかのような言葉の一つ一つは、転生前に散々浴びせられたものを追憶させ向かっ腹が立つ。  だがいくらヤツが魔王軍最強といえど、俺の能力さえあれば簡単にねじ伏せることができる。命乞いをされたとしても、毛頭許す気などない。 「当たり前だ。一週間前に俺を見逃したこと、後悔させてやるよ」 「それは楽しみだ。せいぜい、音をあげないようにな」 「いってろ。お前は今から、俺の咬ませ犬になるんだからな!」  周りは人っ子一人いない開けた野原。小鳥がさえずり、心地の良い日差しが照りつけるここなら、異世界の住人達に迷惑をかけることなくヤツとやり会える。そんな些細な良心を思い浮かべると、どこか優越感にも似た感情に浸ることができた。  俺は左手をかざすと、その照準をヤツへ合わせた。これが俺のユニークスキル発動のトリガーだ。 「暗黒世界(ブラインド)!」  瞬間、ヤツの舐め腐っていたような表情が強張った。能力の発動を確信した俺は、すかさず腰にぶら下げていた銀装飾の剣を引き抜き、困惑している様子のヤツに斬りかかった。 「これは……?」 「対象の視界を暗転させる能力、それがユニークスキル・暗黒世界(ブラインド)だ!」  しかし残念なことに、俺の薙ぎ払った剣は空中に弧を描いただけに止まった。  伊達に魔王軍最強と謳われているわけではない。視界を暗転させているにもかかわらず、ヤツはまるで俺の位置が手に取るようにわかっているのだ。故にヤツはバックステップで攻撃を回避した。 「くそっ! これで避けられるのかよ!」 「甘いな。空気中に漂うマナ、その流れの変化を肌で感じ取れば、視界が遮られようとも攻撃は避けられる」 「ふーん、だったらこれならどうだ?」  視界暗転でダメなら、さらなるユニークスキルをサービスしてやるまで。俺は左手に剣を持ち替えると、今度は右手でヤツに照準を合わせた。 「重力負荷(グラビトン)!」  ガクッ――。先程まで軽快な動きを見せていたヤツは膝をついた。ヤツの体は磁石の如く、地面に吸い寄せられたのだ。続くユニークスキルもばっちりの性能といえよう。  第二のユニークスキル・重力負荷(グラビトン)。対象の重力を十倍に変化させ、動きを封じる能力だ。これさえあればちょこまかと動き回られる心配もなく、落ち着いてヤツに攻撃を当てられる。 「どうした、最強さんよぉ」  いくらマナの流れを読もうとも、動くことができなければ大した問題ではない。俺は再び剣を握ると、十倍の重力を苦しげに体感するヤツへ襲いかかった。  しかしヤツは、その一撃すらも体全体を動かしてかろうじて避けた。 「ほう、やるなぁ」  早くもヤツは重力負荷(グラビトン)下での稼働範囲を理解したらしい。とはいえ、続けざまに放った俺の追撃にはヤツも対処できなかった。 「ぐっ……」 「ほらほら、まだ音をあげるには早過ぎるぜ!」  左肩から右肩下腹部にかけて一筋、以降も三撃、四撃と銀の刃はヤツの体に傷を刻み込む。俺としては腕や足をぶった斬るつもりで斬りつけたのだが、どうやら素の防御力が相当高いらしく、切断には至らなかった。  だがこう何度も斬りつけられては、向こうも堪ったものじゃないはず。するとヤツは十倍の重力に逆らいつつも、震える右手を上げて呪文を唱えた。 「……アースペル・ダイナプロージョン!」  今のは確か、爆発系のものが多い地属性魔法の呪文。当然この場に留まれば、俺は爆発に巻き込まれて大怪我するだろう。  しかし俺には、あの能力がある。目の前のヤツに狙いを定めた俺は、呟くように第三のユニークスキルを発動した。 「空間移動(テレポート)!」  ユニークスキルによって爆発の影響が少ないヤツの背後へ移動した俺は、これを勝機と捉え、すかさずヤツの背中に剣を振り下ろした。 「う……ッ!」  さすがに今の不意打ちは堪えたようだ。ヤツは背中の痛みからか大きくのけぞり、勢いよくその場に倒れ込んだ。滑稽なヤツの姿を見た俺は、ついに勝利の確信をする。  瞬時に立ち上がろうとするヤツだったが、俺はその肩を踏みつけ起き上がれないようにしてやった。これでもう、動くことはできまい。 「空間移動(テレポート)。目視できる範囲の生物の近くに、瞬時で移動するユニークスキルだ」  しかし先程の魔法から逃れる際、爆発を避けきるタイミングを逃したせいで左手の甲を火傷してしまった。大した怪我ではないが、ヒリヒリと痛みが続いてはどうも落ち着かない。  俺は第四のユニークスキルを発動させるべく、負傷した左手を凝視した。途端に俺の左手は眩い光を放ち、火傷とその痛みが消え去っていく。 「そしてこれが、俺の第四のユニークスキル・ 超再生能力(リカバリー)だ。どれほどお前の強烈な攻撃を受けても、俺にかかれば一瞬の痛みに他ならない」  いよいよこの時が来た。ヤツの頭に右手をかざした俺は、元より俺が備えていた能力の発動準備を始めた。 「さぁ、後はお前のユニークスキルをいただくだけだ」 「ユニークスキル・能力奪取(スキルハント)を持つ勇者よ。一週間でよくここまでのユニークスキルを集めたな」 「当たり前だっつーの。そりゃあもう、この一週間は死に物狂いで能力者を探したさ。何せこの世界でユニークスキルを持つ者の割合は百分の一、そこからさらに強力なヤツを探すのは至難だ」  そう、俺本来のユニークスキルは相手のユニークスキルを奪う能力奪取(スキルハント)。発動には少し時間がかかる能力だが、すでに敵は追い詰めた。必死になってユニークスキルを集めた苦労も、これで報われる。  魔王軍最強といわれるほどの実力者なら、そのユニークスキルも最強クラスに優れているはず。それさえ奪ってしまえば、この世界を支配している魔王とやらも容易く倒せ、心置きなくまったり異世界ライフを楽しめるわけだ。  順風満帆たる未来を想像するだけで、俺は自分の口角が緩んでいくのを実感した。 「確かに貴様のユニークスキルは強力だ。しかしな、それは借り物の力に過ぎない」  突然、敗北率百パーセントの男が口を開いた。何をいい出すのかと思えば、ただの負け惜しみか。 「だから何だってんだよ」 「貴様は自分自身を高めようとはしなかった。異世界転生者は皆そうだ。己の鍛錬と言った努力をせず、神から与えられた力だけに満足する。そんな体たらくに、俺が負けるわけなかろう」 「黙れ! お前なんかに俺の何がわかる! 誰かに肯定されたいと思った俺の気持ちがわかるか!」  チュートリアルキャラクターの分際が。さっさとヤツからユニークスキルを抜き取って、経験値の肥やしにしてやる。  力んだ右手で能力を奪おうとしたが、あることに気がついてその手は強張った。 「どうした? 能力を奪わんのか?」 「な、何で……?」 「貴様と違って俺は逃げなかった。それがこの結果だ」  瞬間、俺の目の前で眩い光が爆発した。まずい、こんな至近距離では空間移動(テレポート)でも回避できない。 「ま、待て――」 「肉片残さず消してやる、アースペル・グランダイナ!」
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