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番外編:後日殿下に「わかるー」と言われた
ベルナルドは人に好かれる。
リズリットの件を含めて、改めて考えを深くした。
目の前で、義姉さんの半歩後ろを歩きながら、喜びを目いっぱいに体現しているベルナルドがいる。
後姿だけでこれだ。
彼の周りだけ……いや、義姉さんの周りにも花畑の幻覚が見える。
雰囲気はあれだ。
晴れた丘で、犬と戯れる少女だ。
白いブランコがあると、なお清涼感が上がる。
ベルナルドが義姉さん一筋なのは周知の事実だが、義姉さんもそれはそれはベルナルドを可愛がっている。
クラウスのようにあからさまに撫でたり、リヒト殿下のように拗らせたタイプではないが、同じ波長で同じような感情表現をしている。
こういうのをミラー効果というのだろうか?
彼女の顔を見ていたら、現在のベルナルドの表情を見ずとも想像出来てしまう。
それでいいのか、従者。
高い空に飾られる連続旗を見上げ、ため息を零す。
賑わう街道はリヒト殿下の生誕祭を騙った収穫祭で、威勢の良い声が飛び交っている。
僕の後ろにはアーリアが控え、前を行くふわふわお花畑とはぐれないよう、石畳を進んだ。
義姉さんが何かを見つけてはベルナルドに囁き、興味を引かれた彼が表情を輝かせる。
淑やかに笑う義姉さんの髪が揺れ、ベルナルドがこちらを振り向いた。
キラキラ期待に満ちた目で、「坊っちゃん、あちらに」逐一報告してくれる。
僕はお前に、千切れそうなほど振られている尻尾の幻覚が見えて困っているんだ。
もっと落ち着け。
本当にそれでいいのか、僕の従者。
「ねえ、ここで少し待っていて」
義姉さんが振り返り、僕とベルナルドに告げる。
悪戯っ子のような笑みを浮かべた彼女の足は、ひとつの店へ向けられていた。
音もなくアーリアが彼女の傍に立つ。
了承の意を伝えると、微笑みを残した義姉がアーリアと店の中へ入っていく。
ベルナルドはにこにことお利口な犬のように、『待て』していた。
「……今日は機嫌が良いな」
「お嬢さまですか? はい、ご機嫌でいらっしゃいます」
「お前がだ、お前」
「僕ですか!? ……はい、とても!」
ピンと背筋を伸ばして柔らかに微笑み、ベルナルドが肯定する。
……彼が義姉さんに傾向していることは当初から知っている。今更だ。
僕の従者という肩書きも、本来なら義姉さんにつくはずだったものを、状況を酌んで回したものだ。
知っている。始めからそうだった。
「こうしてお嬢さまと坊っちゃん、アーリアさんとお出かけするのが久しぶりで、とても嬉しく思っています」
「……だからって、はしゃぎ過ぎだろう」
「やっぱりはしゃいで見えます!? うわあ……恥ずかしい……ッ」
両手で顔を隠したベルナルドの、髪から覗いた耳が真っ赤に染まっている。
これは相当恥じ入っているらしい。
自分のことを棚に上げ、視線を背けてぞんざいに鼻を鳴らした。
「いつも以上にわかりやすい」
「わあー、わあーっ。気をつけますー!」
ぱたぱた顔を両手で扇いだベルナルドが、苦笑を浮かべている。
……余り自覚していないが、彼は顔が整っている。
今はまだ幼さが目立つが、最近伸びてきた身長と合わせて、数年後にはもっと見目が整うのだろう。
やんわりとした物腰と、柔らかな表情。
目尻の泣き黒子が浮かべた照れた笑顔を、全面に、街道で、公に振り撒いている。
彼に目を留めた何人かの少女が、動きを縫いとめられた。
真っ赤な顔で固まっている。
……可哀想に、被害者だ。
ベルナルドの首根っこを掴み、くるりと壁の方を向かせる。
「心休まる壁!」安堵したように微笑んだこいつに、容姿や所作が整っている分、言動が残念なことが本当に残念に思った。
本当にこれでいいのか? 僕の従者……。
「あら? 二人とも、どうしたの?」
「お帰りなさいませ、お嬢さま!」
背後から聞き馴染んだ声に呼ばれ、反射的に振り返ったベルナルドが花畑を生成する。
それはもう、物凄い勢いで。
義姉さんも義姉さんでふわっふわに微笑み返すから、一面にメルヘンな世界が広がった。
……体感温度と幻覚の話だ。
「……ベルナルドが、はしゃぎ過ぎていると話していた」
「あ、あらっ」
即座に花畑を仕舞い込んだベルナルドが「あいたたっ」という顔をし、何故か義姉まで似たような顔で苦笑を浮かべる。
静かに腕を組んで身構えた。
焦ったように両手の指先を合わせた彼女が、困ったようにえへへと笑う。
「……えっと、わたくしも、……少し、はしゃぎ過ぎてしまったわ。その、……久しぶりにこの四人で、お出かけ出来たから……」
その、嬉しくて……。
真っ赤になりながらもじもじと俯く義姉の姿に、道行く男たちが動きを止めた。
真っ赤な顔で凝視している。
……可哀想に、始末の仕方を考えるか。
米神を押さえてため息をつき、腕を組み直す。
話題を変えるため、義姉に向けて声をかけた。
「それで、何を見て来たんだ?」
「あっ、そうだったわ! はい、これがアルの分」
「? ありがとう」
小さな紙袋を僕へ手渡し、義姉がアーリア、ベルナルドへ同じように紙袋を渡す。
中を見ると、両端に革と硝子ビーズの飾りのついた、一本の細い紐が入っていた。
これは何かと彼女へ視線を向ける。
見れば三人、飾りと色は違えど、同じ品物を手にしていた。
義姉が照れたように微笑む。
「本の栞にね、ここが真ん中で、頁に挟むのよ」
なるほど、栞か。
納得している僕の両隣の花畑が凄い。アーリア、お前もか。
二人ともお礼の声が震えている。
「……その、お揃いにしたくて……」
消え入りそうな微かな声で「買っちゃった」と囁いた義姉が、真っ赤な顔を両手で隠して俯く。
……うん、今日はもう帰ろう。
いつも冷静沈着なアーリアですら、潤んだ目で愛しげに紙袋抱き締めている。
ベルナルドに至っては、再び顔を覆って俯いている。
「尊い……死ねる……」呟きが物騒だ。
アーリア、頷くな。
「帰るぞ!!!」
「ま、待って、アル!」
帰ろう。もう帰ろう! 僕はこれ以上視線を集めたくない!
火照った顔を俯け、ずんずん歩く。
これは注目のせいと、あとあいつらから伝染したものであって、僕の意思じゃない!
決して違う! 確かに嬉しくはあるが…………、絶対に違う!
僕に追いついたベルナルドの、へにゃへにゃした笑顔に苛つき、鳩尾に一発肘を入れた。
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